ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク ソチ五輪代表決定!…の凄絶な闘いのすべて

●大差で優勝の羽生だが、内容としては小休止
 2位以下の選手に20点以上の大差をつけて優勝した羽生結弦でしたが、全日本選手権での演技内容そのものからは、スピードやキレが感じられませんでした。もちろんGPファイナルで“王者”パトリック・チャンを破ったあとだけに、私たち観る側の期待が高くなっていたことは差し引かなくてはいけないのでしょうが、物足りなさが残りました。

 とはいえ、それも致し方なかったと思います。短期間の連戦による疲労。五輪の懸かった全日本独特の緊張感。なによりGPファイナルのときのようなピークの状態を、来年2月のソチ五輪までずっと維持していくことは不可能です。どんなアスリートだって、何週間も何カ月も絶好調でいられるはずありません。本人にそのつもりはなかったとしても、GPファイナルの優勝ですでに五輪当確の立場にいた羽生は、心身のどこかで小休止を必要としていたのではないでしょうか。

 五輪までには、フリー冒頭の4回転サルコゥを成功させてほしいのですが、すでに完成型は見えている段階だと、私は思います。あとはそれを、どうまとめていくのか。世界ナンバーワンと言ってもよい、あの演技後半の爆発力が、羽生にはあります。ミスさえなければ、ソチ五輪の金メダルは手の届くところにあるはずです。

●羽生以上の出来だった町田 五輪に欲しいのは“戦略性”!? 
 全日本2位で五輪の出場権を獲得することになった町田樹ですが、よく立て直してきました。今シーズンは別人のような成長をみせ、GPシリーズで2度の優勝を果たしましたが、GPファイナルでは4位と失速。ただ、そのままでは終わらなかった。そこが、昨シーズンの彼との、最も大きな違いです。

 しかも全日本での演技内容は、羽生以上の出来だったと思います。ショートプログラム(SP)とフリー合わせて、4回転ジャンプを3つ揃えてきたのは、町田だけでした。あとはジャンプの基礎点が1.1倍に加算される演技の後半部分に、どれだけ難しいプログラムを組み込めるのか。そこが、全日本での羽生との点数の差になって表れた理由ですし、五輪に向けた町田の課題と言えるでしょう。

 将来的には4回転ジャンプの種類を増やすようなトライをして、さらにステップアップして欲しい選手なのですが、ソチ五輪までに完成させるとなると、さすがに無理がある。ですから、ある種の戦略性、いま持っている自分の武器でより多くの加点を稼ぐような作戦が必要になってくるでしょう。それが世界的な傾向なのです。たとえば、現在フリーの冒頭で4回転トゥループ、4回転トゥループ-2回転トゥループのコンビネーションを跳んでいますが、ほかのジャンプとうまく組み替え、4回転ジャンプをひとつ演技の後半に持っていく。体力的にはかなり過酷でリスクも伴うでしょうが、そのような見直しがあってもいいのかもしれません。


●積み重ねで勝ち取った髙橋の五輪切符。まずはしっかりと休養を
 右脚のケガの影響で、悔いの残る全日本となった髙橋ですが、世界ランキングにせよ、最高得点にせよ、五輪代表に選ばれるに値するだけの成績を、彼は今シーズンひとつひとつ積み重ねてきました。羽生、町田以外の五輪候補のなかには、GPシリーズで髙橋を超える成績を残した選手はいません。さらにNHK杯で彼がみせた圧巻の演技は、ソチでメダルが狙えると思わせるのに充分なものでした。

 小塚崇彦はさぞ無念だったことでしょう。それなのに、すべてを胸の内に飲み込んだ彼の態度は、とてもカッコよかった。髙橋と小塚は仲が良いし、きっと二人にしか分からない盟友のような感覚もあるのでしょう。誰に言われなくとも、「五輪では小塚の分までも」と、髙橋本人が心に誓っているはずです。まずはしっかりと身体を治すこと。コンディションさえ整えることができれば、結果はあとからついてくるレベルの選手なのだから。万全の状態でソチ五輪の本番を迎えて、日本人同士での金メダル争い、あるいは日本人3選手の表彰台独占。そんな夢を、ぜひ実現してもらいたい。

●フィギュア界に勇気をくれた鈴木 全日本史上に残る初優勝
 13回目の全日本出場、28歳での初優勝。いずれも全日本の歴史に残る偉業と言えるでしょう。SP、フリーとも、鈴木明子は完璧にまとめあげました。これまで実力者であることはずっと認められながらも、安藤美姫や浅田真央に、常に立ちはだかれて、優勝には縁がなかった。摂食障害といった苦悩の日々も過ごしてきた。そんな彼女の優勝は「どん底を見た人間には、良いことがあるんだ」「勝利の女神って平等なんだ。あきらめない人間を必ず見ているんだな」といった気持ちにさせてくれました。低年齢化が進んで、若いうちに現役を引退するしかないといった風潮がどこかにある、いまのフィギュア界に勇気をくれました。素晴らしかった。

 じつは鈴木の優勝が決まった直後に、長久保裕コーチとごく短い時間だけ話ができたのですが、全日本の1週間前の段階では、どうしようもないくらい鈴木の調子が悪くて絶対に無理だからと、3回転-3回転のコンビネーションは回避する方針だったそうです。だけども、GPファイナルには出られなかった。大会前から、表彰台のひとつは浅田真央が占めるから、残る席は2つしかない。そんなムードがあったなかで、表彰台に乗らないと五輪には行けない。下からの突き上げも激しい…。こうした危機感がすべて「大きな動機」となって、どこかのタイミングで鈴木のスイッチとして働き、それが良い方向に出た。1週間前の状態と本番でのあまりの滑りの違いに、長久保コーチも驚いた様子でした。

●SP、フリーともにノーミス 村上の背中を押した強い動機
 鈴木と同じように「強い動機」に突き動かされていたのが、村上佳菜子でした。ハッキリ言って、浅田以外の日本人女子選手は、今シーズンここまで低調でした。それが、この全日本、特に女子に関しては「こんな大会があるのだろうか」と信じられないくらい、SPから、ものすごい演技の連続でした。宮原知子もそう。今井遥もそう。安藤もSPは見事でした。しかも1万人を超えた大観衆が見守る異様な会場の雰囲気。まるで選手同士で化学反応を起こし合ったかのような、凄絶な全日本選手権でした。

 そういったさまざまな刺激に迫られ、村上はこれまでの不調を一気に払拭してみせました。SP、フリーともにノーミスでした。そして、そこには山田満知子コーチの手腕がありました。SPを2シーズン前のプログラムに変更したことです。おそらく演技の滑りやすさや構成の問題ではなく、何をやってもうまくいかない手詰まりの状態から、気分を一新させて村上を解放してやることこそが、本当の狙いだったのではないでしょうか。さすが海千山千の山田コーチ。今回の五輪代表入りは、師弟の勝利だと言えます。


●浅田、トリプル・アクセル成功のカギは「ジャンプする」こと
 逆に浅田には、鈴木や村上のような切羽詰まった動機がなかった。ただ、それは、羽生同様これまでシーズンを通して、ずっと頑張ってきたからこそ。GPファイナルからの疲労も当然あっただろうし、腰痛の影響もあったと聞いています。少なくとも浅田に関しては、今回3位だったからといって「ソチに不安信号」などと言い出す人はいないでしょう。

 ただ、ずっと宿題になっているトリプル・アクセルについてですが、私には「うまく下りたい」「回転したい」気持ちばかりが、先走っているように映るんです。これは私の持論なんですが、ジャンプはまず「上がる」こと。上がらないとジャンプにはならない。ところが、フィギュアスケーターすべからく全員に共通することなのですが、あまりに回ろうとする意識が先行すると、ついつい上がることが疎かになるんです。でも、どんな踏み切りをしようとも何回転しようとも、ジャンプはジャンプなんです。跳ばないとジャンプにはなりません。浅田の場合、すでに技術は備わっているのですから、原点回帰ではありませんが、ちょっとした発想を変えるだけで、トリプル・アクセル成功のカギは掴めると思います。

●ひとつの時代の転換を告げた2013年全日本選手権
 織田信成くんや安藤美姫さんをはじめ、今回の全日本選手権を区切りに引退する選手もいれば、最後の五輪にのぞむ権利を掴み取った選手もいる。それぞれの人生の転機となる大会になりました。これほどまでにフィギュア界の時代の分岐点となる全日本は、過去ありませんでした。

 いまのフィギュア界は、私が現役だった時代とは、別世界です。夢の世界です。今回大きな転機を迎える彼ら、彼女たちは、そんな世界を築いてくれた選手たちです。こんなに素晴らしいフィギュア界の、ひとつの時代を築いてくれたことに、私は感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう。そして、これからはみんなが蓄積してきたことを、ぜひ後輩たちに伝えてあげて欲しい。アイスショーの舞台に立ったり、指導者の道に進んだり。それぞれの方法でよいので、競技生活は終えたとしても、今後もフィギュアスケートとの良いつき合いを続けてくれることを願っています。