楽天・田中投手のメジャー入りを阻んでるのは……?(NBS編集部)
今季楽天イーグルスの優勝と日本一の立役者・田中将大投手は、ポスティング制度で来シーズンからメジャーでプレイするもの……と誰もが思っていた。が、アメリカ・メジャーリーグ(MLB)と日本プロ野球(NPB)で一旦は合意したはずの「新ポスティング制度」をMLB側が白紙に戻すと通告。田中投手のメジャー入りが暗礁に乗りあげてしまった。
ここで「新・旧」のポスティング制度の違いを説明することは割愛するが、「新ポスティング制度」も日本のプロ野球界とプロ野球選手にとっては、さほど悪い制度ではなかった。何しろ日本の球団は、選手がエージェントになれば1円のカネも手に入らないところが、何年かアメリカ行きを前倒しすることによって、数億から数十億円のカネを得ることができるのだ。そこでNPBとMLBは10月下旬に「新制度」で合意。日本シリーズの閉幕後(11月5日)に正式発表する予定でいた。
ところが、「新制度」でもメジャーの一球団としか交渉のできない(複数球団と交渉できない)ことに難色を示した日本プロ野球選手会(NPBPA)が、返答を保留。2年間の暫定的措置として認めると決定したのが11月14日で、NPBとMLBの合意から2週間以上、正式発表予定日からも1週間以上の時間を要してしまった。
そこで、MLBのマンフレッドCOO(Chief Operating Officer=最高執行責任者)は、「日本の総意が出るのに時間がかかりすぎた。情勢は変わった」として「新制度」の白紙撤回を宣言したのだった。
このマンフレッドCOOの判断を、MLBに詳しいアメリカ人ジャーナリストは次のように判断する。NPBの返事が遅れたことを、より有利な条件を引き出そうとする日本の選手会(NPBPA)の遅延戦術(delaying tactics)と判断して、MLBは激怒(pretty angry)。今春のWBCでもNPBPAが交渉を指揮したことで、MLBはかなり憤慨し怒りを抱いていた(There is a lot of resentment over NPBPA conduct in negotiation leading up to WBC 2013.)。
おまけにMLBは、日本の選手会(NPBPA)がフリーエージェント(FA)になってメジャーに自由に行く権利を得る期間(海外FA=現行9年)の短縮を要求している、という情報もつかんだ。
田中投手は、2013年のシーズン終了時で、プロ7年を経過。ということは海外FAが1年でも短くなれば、100ミリオン・ドル(1億ドル=約100億円)とも言われる田中投手へのポスティング入札金が、来年にはゼロになる可能性もあるのだ。
というわけで、MLBの「新・新ポスティング制度」の提案と、日米の新制度妥結が年を越す可能性も出てきて、田中投手の来季メジャー入りが不可能になる可能性も濃くなってきたとか。
問題の根源は、NPBが、昨年の12月で失効したポスティング制度の改定作業を放っておいたから。昨年オフは、ポスティング制度を利用する日本人選手が誰もいなかったとはいえ、NPBとNPBPAの将来への計画性のなさ、見通しの悪さが露呈された。何しろMLBは“COO”(最高執行責任者)という立場の人物が、MLBを代表して交渉に当たっているのに、NPBは、そんな立場の人間が存在せず、コミッショナーも不在(代行が存在するだけ)なのだ(COO=最高執行責任者:コミッショナーを企業の会長とするなら、COOは社長に該当する)。
しかも、今年は田中投手というMLBも獲得を望む逸材がポスティング制度の利用に立候補する気配が濃厚で、NPBPAもこの機会をとらえて、選手に有利な条件(メジャー複数球団との交渉を可能にする)を「新制度」に盛り込もうとした。
が、先のアメリカ人ジャーナリストによれば、MLBはあまりにも高額のポスティング入札金に拒否反応を起こし、MLBの多くの球団は、高額の入札金を支払える一部の球団(ヤンキースやドジャースなど)に反発。ヤンキースやドジャースが田中投手を獲得できなくなることを喜んでいるのだ(Also most MLB clubs don't want to spend $100 million.So they are happy to prevent Dodgers and Yankees from getting Tanaka.)。
こういった動きの中で、MLBでは、高額になった入札金を年度ごとの分割払いにできる案(100億円を5年分割にすれば1年20億円となり、多くの球団にとって支払が可能となる)、現在は贅沢税の対象となっていないポスティング入札金を、贅沢税の対象に加える案(選手年俸総額が一定額を上回る球団にはluxury tax=贅沢税として一定の割合の金額が徴収され、選手の福利厚生野球界の運営、収入の少ない球団への分配金などに利用されるは、現在ポスティング入札金は、贅沢税の対象となっていない)などが、MLB内部で検討されている、という声もある。
ではNPBとNPBPAは、いま、何をすべきなのだろう?
日本のプロ野球の有力選手が、アメリカ・メジャーに奪われてばかりでいいのか……、日本のプロ野球は、アメリカ大リーグの下部組織(マイナーリーグ)となってしまっていいのか……という議論は、いまは忘れることにしよう(所詮、親会社の宣伝と販促に利用されているだけのNPB各球団と、ベースボールというビッグ・ビジネスを展開しているMLBでは、NPBがよほどの機構改革に手を付けないかぎり、勝負にならないのだ)。
そして、メジャーへ行きたい!と希望する日本人野球選手の望みをかなえ、メジャーでの日本人選手の活躍を見たい! という日本のプロ野球ファンの人気に答えるためには、どうすればいいのか?
11月18日に放送されたTBS『ひるおび!』に出演したノーボーダー・スポーツ主筆・編集長の玉木正之は、ポスティング入札金額を、たとえばダルビッシュ投手の入札額(約5千万ドル)以下とする、といったふうに上限額をNPBから提案すべきではないか、という主張を展開した。
約50億円の臨時収入は、日本の球団にとって、けっして悪いものではあるまい。もっと多くの収入を、と球団が望むのは、球団を親会社の宣伝販促に利用している現状では、親会社のエゴであり、カネへの執着が過ぎる、と批判されても仕方ないだろう。
しかもポスティング入札金の上限を決めると、有力な日本人選手には、同額入札となって複数球団との入団交渉の道も開かれる可能性がある。
他にもNPBからMLBに様々な提案が可能だと思われる。が、最大の問題点は、そのような提案と交渉を、NPBが、どこまでやる気があるか、ということだろう。何しろNPBとは、コミッショナーも不在のまま、5年後、10年後の日本のプロ野球をどうするか、という未来の青写真を描いている人が誰もいないのではないか、と思えるような組織なのである。
そんな組織に対して最も強い力と発言力を持つのが、読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆で、読売巨人軍取締役会長の渡邉恒雄氏だといわれているが、渡邉氏にとって田中投手は、巨人の40年ぶりの日本シリーズ連覇を阻止した東北楽天ゴールデンイーグルスの大エース。従って巨人の選手がポスティング制度に関わるまでは無関心というわけか?
いま、田中投手が不幸な立場に立たされていることを思うと、プロ野球ファンとしてやりきれない気持ちになる。日本のプロ野球ファンは、とにかくこれ以上、田中投手が不幸な立場に追い込まれことがないよう、悩み続けることがないよう、祈るほかないのだろうか?