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カシム・ザ・ドリーム ~チャンピオンになった少年兵~

 ボクシングは「政治的な」スポーツである。白人対黒人、民主主義対全体主義、キリスト教対イスラム教、ヴェトナム参戦対反戦…。良くも悪くも、こうした対立がボクシングの背景には常にあった。
 ボクサーたちに深い主義主張はなくとも、政治的環境が彼らの背中を押した。政治的な怒りが最も渦巻く沖縄から多くの世界王者が誕生しているのも、そのためだと言える。だから、政治よりも経済が世界を支配するようになった今、ボクシングは「死んだ」かに思われた。 が、そうではなかった。
 この作品には、今なおアフリカに存在する悲劇的政治状況と、そこから抜け出すためにボクシングを選んだ少年の闘いが、見事に描かれている。
 6歳で誘拐され、ウガンダの国民抵抗軍兵士にされたカシムは、強制的に大量虐殺の訓練を受け、命じられるままに人を殺し、拷問を行い、少女がレイプされるのを目の当たりにし、少年兵として育つ。そして青年になってボクシングを学び、軍を脱走。言葉も通じず、家もないアメリカへ渡り、プロボクサーとしてデビュー。世界王者にまで上り詰める。
 「祖国のため」「アフリカのため」に闘ってきた一人のボクサーは、やがて政治家の支援も得て、故郷ウガンダに帰る。父は殺され、祖母と抱き合う彼の涙にアフリカの悲劇を凝縮させた映像と、冷静に自らの半生を語る彼の言葉が、見る人すべての胸に「政治の本質的残酷さ」を刻み込んでいく。秀逸なドキュメンタリー。