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日本のゴルファーが強くならない理由~ゴルファーの飛躍を阻む「教え損」(小林一人)

 最近とある有名プロコーチから、選手との契約を解除したという話を聞いた。二人三脚でツアーを戦っているとばかり思っていたので驚き、詳しく事情を聞いてみると、そこには金銭トラブルがあった。

 コーチがジュニア時代からその若手選手を教えていたのを私はよく知っている。付き添っている父親は「すべてお任せしていますから」とコーチに全幅の信頼を寄せ、ツアーに出るようになってからは、技術的な指導だけでなく、ツアーでの身の処し方や、企業との契約の相談まで、マネジメント的な業務を全面的に託されていたのである。

 ところが、蜜月は1年で終わった。コーチがこれまでの指導料と、契約のサポートに対するフィーを要求したところ、金額の折り合いがつかなかったらしい。コーチとしては、上手くするだけではなく、イメージアップにも貢献し、契約のお膳立てまでしたのだから、当然それなりのマージンをもらって然るべき、という思いがあったらしいのだが、どうやら選手サイドではそう考えなかったようだ。コーチは「強くなって、お金が入ってきたときにどう報酬をもらうか、契約書を交わしておかなかった私がバカなんです」と苦笑い。

 この話を別の有名コーチにすると、「私もまったく同じ経験をしています」という反応だった。指導しているジュニア選手にある日、プロになった場合の報酬を定めた契約書を交わす話を切り出すと、親たちはジュニアを連れて雲の子を散らすように逃げていったという。ツアープロへの指導に関しても、ツアー会場までの交通費や宿泊費を支払う選手は少なく、要求しても「なんで払わなきゃいけないの?」と首を傾げながら拒絶するのだという。「結局、ツアープロや、そこを目指しているジュニアの指導は教え損なんですよ」とここでも苦笑いだ。

 日本でプロコーチという職業がまだ定着していない、といえばそれまでだが、実はここに日本のゴルフが強くなれない理由がある。要するに、選手が強くなっても誰も得をしないのだ。選手自身とその家族以外は。コーチングだけでなく、マネジメントにしても同じで、選手を強くして、その結果入ってくる大きなお金の何割かを手にしようというビジネスモデルは日本では成り立たない。契約社会として未成熟な日本では、もしそういうことを書面で交わそうと提案しようものなら、怖がられるか、「あの人は金に汚い」と逆ギレされるかのいずれかだ。

 だから必然的に「勝手にやれば」ということになる。日本にだって優秀なコーチやトレーナーはいるし、その道のエキスパートが一丸となってポテンシャルのある選手をサポートすれば、世界で通用する選手は作れるはずだが、それをやっても生活できないのであれば、やる価値はない。このような事情で、日本ではプロになってから伸びない。つまり世界で通用する選手が育つ環境がいまのところないのである。

(写真:宮本卓)