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「佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク」ソチ五輪展望 ~見えてきた今季への期待!

●世界を驚かした町田樹の変貌
 グランプリ(GP)シリーズ初戦となったスケートアメリカ最大の驚きは、なんと言っても優勝した町田樹の変貌ぶりでした。

 昨シーズンもGPシリーズの中国大会で優勝しましたが、途中で失速してしまい、活躍がフロックに見られても仕方なかった。
 ところが、今回デトロイトで彼の見せたスケーティングは、昨シーズンとは「別人」と言ってもよいくらい。見違えていました。とりわけジャンプについては、跳び方、高さ、軸…、あらゆる面で安定感が際立っていて、公式練習の段階から失敗する気配がまったくありませんでした。

 昨シーズンと比較して、最も大きな変化を感じたのは、ジャンプで踏み切る際のタイミングの取り方です。
 町田の4回転ジャンプは「トーループ」です。6種類あるフィギュアのジャンプの多くは左足で踏み切るのですが、この「トーループ」は右足で踏み切ります。

 左足で踏み切るジャンプのときには、跳躍に入る前の段階から左カーブにスケーティングして、その曲線に乗るようにして踏み切ります。それに対して、右足踏み切りのジャンプのときには、助走の段階を直線的にスケーティングしたうえで踏み切ったほうが、美しく跳べるんです。少なくとも僕はそう認識しています。町田のジャンプからは、その準備段階の意識がひじょうに強くうかがえました。その分、ジャンプのタイミングが長めにとれている。そこが彼の4回転ジャンプの、抜群の安定感につながっています。

 町田の優勝を目の当たりにして、日本国内のライバルたちだけでなく、世界中の関係者が「またスゴイ選手が日本から登場してきたな」と脅威に感じたことでしょう。インタビューでの受け答えなどからも、どうやって今シーズンを過ごそうとしているのか。明確な心構えが伝わってきました。人間的にも大人になって、今まさにアスリートとして大きく成長していることを感じました。

●4回転をめぐる攻防に注目
 現行のルールでは、4回転ジャンプがいくつプログラムに入ってくるのかで、勝負の行方は大きく左右されます。男子で勝つには、フリーで2回は必ず入れたい。ネームバリューや過去に実績のない若手選手であっても、ジャンプをきちんと決めて点数を積み重ねることができれば勝てるんです。この傾向はスケートアメリカでも明らかでした。

 今年2月に大阪で開催された四大陸選手権で、3度の4回転を成功させて優勝したケビン・レイノルズ(カナダ)や、昨シーズンのヨーロッパチャンピオンであるハビエル・フェルナンデス(スペイン)といった、いわゆる「ジャンパー」たちにとって、勝つチャンスが大きく広がっています。

 そこを踏まえたうえで注目して欲しいのは、町田のように跳べる4回転は「トーループ」1種類だけであっても、その1種類の4回転ジャンプをプログラムのなかで2度完璧に成功させようとする選手もいれば、失敗のリスクは承知の上で、ガンガンと2~3種類の4回転にチャレンジする選手も出てくるでしょう。そういった戦略の部分も勝敗を分けることになりそうです。
 どちらのタイプの選手が勝つにせよ、観客の皆さんにとっては、ひじょうにエキサイティングで楽しいシーズンになるはずです。


●日本男子フィギュア史上、最も過酷な五輪代表争い
 現在の日本の男子フィギュアのレベルは、過去最高の水準にあります。
4年前のバンクーバー五輪のシーズンのときよりも、さらにワンランクアップした印象です。
たとえば日本代表からは外れた選手であっても、ほかの国に行けば楽々と代表になれる。それほどのレベルです。しかもGPシリーズ出場選手のなかで最年長の髙橋大輔が27歳、一番年下の羽生結弦が今年12月で19歳。ひじょうに狭い年齢幅のなかに、ギュッと選手たちが集中している。やっている当人たちにしてみたら「生まれてくる時代が少しでもズレていたら」と言いたくなるような、この状況をつくり出したのは、やはり羽生の存在と言えるでしょう。

 初出場した去年3月の世界選手権で銅メダル。昨シーズンのGPファイナルでは銀メダル。「トーループ」と「サルコー」2種類の4回転ジャンプを、しっかりとプログラムに組み込むことができる羽生の登場。
 そして彼に負けた悔しさによって、髙橋たちの心に火が点いた。羽生の突き上げによって生まれた相乗効果が、日本男子全体のレベルを、さらに高いレベルに押し上げました。それだけにソチ五輪の3つの代表枠をめぐる争いが、日本男子フィギュアの歴史上、最も厳しいものになることは間違いありません。

 スケートアメリカでの髙橋の演技は、あまり完成度が高くなかった。小塚崇彦にも同じことが言えます。ただ、そこはベテランですから。まだシーズンは始まったばかり。このままで終わることはあり得ません。現役最後のシーズンになるかもしれないだけに、悔いを残さないよう12月の全日本選手権には、しっかりと仕上げて来るはずです。

●ぶっちぎりの金メダルへ。浅田真央の下地は整った
 女子については、浅田真央が200点を超える高得点をあげて優勝しました。浅田本人も「この演技でこれだけの得点がもらえるのは、すごく満足」と話していたように、フリーではいきなり転倒しながらも、いまの自分にできることをしっかりとやっていた。そういう部分に成長の跡が見て取れました。滑走全体の完成度が高くなっているから、ミスがあったにも関わらず、あれだけの高得点になったのだと思います。

 とはいえ、浅田本人にしても佐藤信夫コーチにしても、まったく満足はしていないでしょう。現段階はあくまでスタートラインであって、ソチ五輪で「ぶっちぎりで」「安心して」金メダルを獲るためには、3回転‐3回転も欲しい。トリプルアクセルを2度プログラムに組み込むことも必要でしょう。

 ただ、スケートアメリカで彼女が披露したショートプログラムは、完成度がものすごく高かった。あのショートを見たとき、ソチ五輪に向けてプログラムを改良していくだけの下地は、すでに充分とできあがっているように感じました。


●五輪シーズンのピーキングの難しさ
 通常のシーズンだと、どの国の選手たちも3月の世界選手権にピークを持っていくよう過ごしていくのですが、今年のようなオリンピックシーズンの場合、例年より1カ月早く仕上げていく必要があります。

 それに加えて日本の場合、選手たちには世界で一番過酷と言ってよいほどの、国内での代表争いが待っています。12月の全日本選手権の段階で、自身の最高潮の状態に一度仕上げたうえで、さらに来年2月のオリンピックに調整していく難しさがあります。ですが、そうした困難を乗り越えていくことで、選手たちはたくましく成長していくはずです。

 日本フィギュア界全体の好循環がそのまま、ソチ五輪での成果へとつながることを期待しています。

(写真提供:フォート・キシモト)