2020年東京五輪招致に「神風」が吹いてきた!?(玉木 正之)
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この原稿は、10月6日付毎日新聞スポーツ面のコラム「時評・点描」に書いたものです。大幅に書き加えて、新たな原稿としてNews-Logに公開します。
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東京五輪開催よりも大事なこと
「神風が吹いてきた」
そんな言葉を東京都の某幹部が口にした。話題はもちろん2020年のオリンピック招致。
ライバルのマドリッドは財政悪化で失業率は危機的状況で失速。さらに2024年はパリ開催が有力とされているため、2大会連続の欧州開催はありえないとも言われている。
2024年は前回のパリ五輪=1924年から百周年。しかもパリは、2008年北京大会の緊急代替地(北京で第2の天安門事件等が勃発したときのため)として準備するなど国際オリンピック委員会(IOC)への貢献が認められ、今年(2012年)の五輪開催がほぼ決定づけられていた。
が、フランス(シラク政権)がイラク戦争に反対したため、アメリカが何カ国かのIOC委員の票をまとめてロンドンに投票したため、パリ・オリンピックは夢と消えた、という経緯がある。
そこで、2024年はオリンピックの創設者クーベルタン男爵の母国フランスで、百周年記念・3度目のパリ・オリンピック……という筋書ができている、という。
そこで、隣国のスペイン(マドリッド)が選ばれることは、ほぼありえないと言われているのだ。
もうひとつの東京のライバル都市イスタンブールは、イスラム圏初の五輪開催として最有力視されていたが、隣国シリアとの内戦が激化して長期化。戦乱はトルコも巻き込み始めた。
そこで都庁の某幹部は「神風」という言葉を口にしたわけだ。その言葉は不適切にしても、東京の五輪招致の可能性が高まったのは事実。
来年2〜4月にはIOCの評価委員が各立候補都市を視察する。そのとき、今まで他の都市よりもかなり低かった東京都民の「開催賛成」の声がグンと伸びれば、2度目の東京五輪も正夢となりそう……という情勢にあるという。
とはいえ、一過性のお祭り騒ぎと経済効果ばかりが注目されるオリンピックではつまらない。
昨年成立したスポーツ基本法には、スポーツ庁について「必要な措置を講ずる」と記されている。五輪招致が決まれば、その設置も実現すると聞く。
しかし、それは話が逆だろう。
オリンピックは文部科学省、パラリンピックは厚生労働省と縦割りのスポーツ行政を、まずスポーツ庁に統一する。それこそ五輪招致よりも先に手をつけるべきことではないか。
さらに、メディアの支配が強すぎるプロ野球や高校野球の野球界も、単一のスポーツ(ベースボール)組織に統合。大相撲も学校体育も、一般人の生涯スポーツも、すべてスポーツ庁管轄にすれば、予算の節約にもなり、基本法に記された「国家戦略」としての「スポーツ立国」にもつながるはずだ。
そうなれば、たとえ五輪招致に失敗しても、幸福で豊かな社会作りにはつながるはずだ。
今日(10月6日)は、石巻で東京五輪招致と連帯した「第2回武道フェスティバル」が去年に続いて催され、柔道・剣道・空手・フェンシングなどの一流選手が子供たちを指導する。こんな地道な活動こそ大事にしたいものだ。
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加筆分はあるが、毎日新聞に書いたコラムは、だいたい以上のようなものである。が、石巻の「武道フェスティバル」と東京五輪招致の関わりについて、さらに少々説明を加えておきたい。
東日本大震災で甚大な被害を被った石巻だが、被災直後に略奪や暴動等の事件も起こらず、被災者は協力し合って整然と苦難の時を乗り越えた。
それは長く培われた日本人の精神、礼節を重んじる「武道の精神」にも通じることから、石巻市は「武道の町・石巻」を宣言し、今後は子供たちへの武道教育を通して復興を目指すという。
そこで、私は、昨年の「第1回武道フェスティバル」で「武士道とは何か? 武道をこれからの社会にどのように役立てるか?」というテーマで講演させてもらった。同時に、柔道、剣道、空手、テコンドーのトップ選手も招かれ、子供たちへの実技指導や模範演技も行われた。
このような活動を繰り返し継続するなかで、2020年の東京オリンピック招致に協力し、それが実現したときには正式種目の柔道やテコンドーは無理でも、剣道、弓道、空手、合気道……等々の武道の試合を東京復興五輪のエキジビジョンとして石巻で開催する、というのが目標だ。
また今年は、武道フェスティバルの翌日の体育の日に、石巻市の近隣町である七ヶ浜町で、やはり東京都と日本アスリート会議の主催による「スポーツフェスタin七ヶ浜」というイベントも行われ、一流選手によるサッカー、ハンドボール、ラグビーなどの指導、町民自由参加のヨガ、太極拳、グラウンドゴルフなどが行われた。
が、今年の第2回武道フェスティバルのあと、第3回以降の計画は「白紙」(スポーツフェスタの開催も白紙)だという。
それは、このイベントの主催が東京都と一般社団法人日本アスリート会議で、石巻市(と七ヶ浜町)自体は、NPO法人石巻市体育協会と石巻市武道協会(七ヶ浜町スポーツフェスタ実行委員会)が「主管」として実行を受け持つという組織になっているからだ。
つまり、カネの出所は(財政豊かな)東京都だが、2020年オリンピック招致の結論が、来年9月に出るため、その後も「支援事業」を続けるかどうか、方針が定まっていないのだ。
それこそ「本末転倒」で、オリンピック招致はあくまでも「手段」であり、「お祭りを招致する」よりも、もっと大事なことがあるはず……という考えを、今年の「武道フェスティバル」に足を運んだ東京都の職員に話したところ、彼らもその「考え方」に理解を示してくれた。
そして多くの人が「賛成」する東京オリンピックの「開催方法」についても、オリンピックとパラリンピックを一体化し、一つの大会として開催する……など、素晴らしいアイデアが、都職員の間から飛び出した。
もちろん、その素晴らしいアイデアも、日本の文科省と厚労省の間の調整、あるいはスポーツ庁の創設、さらにIOC(国際オリンピック委員会)とIPC(国際パラリンピック協会)の調整……等々、乗り越えなければならない高いハードルが、山ほど存在している。
しかし、そういう困難に挑戦し、スポーツによって社会を改善しよう……より良い社会を創ろう……という意気込みで挑んでこそ、オリンピック・パラリンピック招致の価値も初めて出現する、といえるのではないか。
来年以降の「東京都と被災地のスポーツで結ばれた関係」がどのようなものになるのか、予断は許さない。また石巻市としても、いつまでも東京都の支援に頼るのではない、将来的には「自立」する計画も必要だろう。
しかし、五輪招致の活動が終われば、被災地への支援もハイ、オシマイ……というような「幕引き」だけは避けてほしいものだ。
私個人としては、来年以降、石巻専修大学の講義を客員として担当することを要請されたので、学生たちとともに「現代社会とスポーツのあり方」を考える授業をやらせていただければ……と考えている。
東京都も、一つの成果(オリンピック招致以外の成果!)が得られるまでの支援を、なんとか続けてほしいものだ。
【NLオリジナル】