ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

どすこい土俵批評④秋場所総括/紛れもないスター性を輝かせる遠藤の“下克上”の日は?(荒井太郎)

 大相撲9月場所ポスターのタイトルは「“下剋上”両国の秋」だったが“下剋上”は起こらず、白鵬が4連覇となる通算27回目の優勝で場所を締めた。前場所、苦杯を舐めた稀勢の里戦も、相手の攻めを真正面から受け止めての勝利。

「やっぱり7月場所は優勝が決まっても(稀勢の里に負けて)悔いが残った。(9月場所は)実力者に勝って満足です」と、心の底から湧き出る喜びは抑えようもなかった。

 角界第一人者と他の力士との実力差は依然、埋めがたく、優勝争いはさほど盛り上がらなかったが、先場所は相撲以外のメディアからも大いに注目が集まった。角界に“スター力士”が久々に出現したからだ。

 新入幕でありながら土俵入りのときの拍手と歓声は、人気大関の稀勢の里をしのぐほど。朝潮、武双山、雅山の4場所を抜き、幕下付け出しとしては史上最速の所要3場所で入幕を果たした遠藤。場所前の新入幕会見には、通常の倍以上となる50人前後の報道陣が詰めかけ、民放各局のテレビカメラもズラリと並んだ。実力はもちろんのこと、ハンサムな顔立ちに関西風に言えば“シュッとした”風貌は、見るからにスター性十分。普段は相撲を取り扱わないメディアが飛びつくのも当然で、師匠の追手風親方(元幕内大翔山)が「性格も真面目だし、心配なのは“オンナ”だけ」と言うのもうなずける。

 十両優勝した名古屋場所終了直後、テレビ出演のオファーが複数来たそうだが、「もっと番付が上がった時にお願いします」と、師匠ではなく本人がすべて断ったという。

 一方、記者会見ではきれいな四股に関する質問が集中した。
「四股は小学生のころ、上げた足を『上でピタッと3秒止めろ』と教わった。自分はそれが当たり前だと思っていた」。

 今でも稽古場では申し合い前に1時間以上はみっちりと踏む四股は、自らが通う相撲教習所でも新弟子たちの模範となっている。新鋭にして相撲のうまさはすでに定評があるが、それもこうした基本を徹底的に叩き込んで作り上げられた、ぶれない下半身があってこそ。同様にどんなに脚光を浴びようとも、少しも浮かれたところが無いのは、心の基礎もしっかりできているからではないだろうか。これだけ騒がれても土俵上で自分のペースを保ち続けられる22歳は、そうはいない。


 場所中は勝っても負けても大勢の報道陣に囲まれるため、通常は髷を結い直す間に行われる囲み取材も、遠藤の場合は支度部屋を出た別室が用意されるという、まさに“特別待遇”だ。取組後はすんなり帰れず、毎日足止めを食う形ではあるが、「誰もがこうなるわけではないので、プラスに考えている」と丁寧に取材に応じている。

 将来を嘱望された大型新人の出現は、他の力士にも大いに刺激を与えている。
「あいつの弱点は分かっている」と5日目、遠藤とは日大時代の2年先輩、常幸龍は電車道で圧勝すると、取組後は序ノ口デビューから27連勝して以来となる多くの記者が殺到。「久しぶりですね」と暫くスポットライトからは遠ざかっていた本人は照れ笑い。
「僕も最速で上がってますから(前相撲から所要9場所で新入幕は史上最速)」と元祖“最速男”は意地を見せた。

 また、遠藤に敗れた力士は悔しさを見せるものの、その表情からは一様に爽やかさもうかがえた。9日目、嘉風は低く踏み込んで左四つ、頭をつけて相手の懐に入ったが、遠藤に右上手を取られると上体を起こされ、引きつけられた上手からの投げで横転した。
「立ち合いで勝負ありました。下半身が安定してますね。下からいけたと思ったら、向こうはもっと下からきた。今日は相手が上でした」と31歳は“脱帽”するしかなかった。

 遠藤が給金を直した11日目は、踏み込みよく右の浅い上手を取ると、間髪入れずに上手投げ。豪快に転がされた39歳の旭天鵬は「廻しのとり方は全然うまかった。(投げられて)逆に気持ちよかったよ」と笑みさえ浮かべていた。

 途中休場は残念でならないが、皆勤していれば当然、三賞の有力候補であったことは間違いない。洗練された安定感のある相撲ぶりは、新入幕でありながら、技能賞候補に名前が挙がっていた可能性もある。

 遠藤に勝った力士も負けた力士も先場所は皆、一様に輝いていた。対戦相手がベテランであろうが同世代の若手であろうが、そこからそれぞれの新たな物語が始まりそうな予感すら感じさせる。

自らが放つ光は、自分自身だけでなく、相手をも輝かせる。そんな類い稀なスター性を持った男は番付の上昇とともに、今後もさらに土俵を活気づけてくれるはずだ。それがうねりを上げて一大ムーブメントとなれば、“下剋上”の日も案外、早く訪れるかもしれない。