ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

歴代最多勝利目指して爆走中のベッテル(レッドブル)の表彰台へのブーイングは、別格の「速さ・強さ」へのジェラシーだ!(今宮純)

 今季のF1も間もなく終盤戦へ。注目のタイトル争いは、第13戦シンガポールGP(9月22日)を独走レースで制し、今季7勝目を挙げたセバスチャン・ベッテル(レッドブル)が、優勝回数・ポイントランキングともに自己最高記録で、ドライバーズ・チャンピオンの座を4年連続で獲得する可能性が出てきた。

 F1のタイトルは二つある。選手部門のドライバーズ・チャンピオンと、車輌製造者部門(チーム)のコンストラクターズ・チャンピオンで、各レースの上位入賞者には順位ごとにポイントが与えられ、年間獲得ポイントの最上位者がワールド・チャンピオンと認定される。2010年からは1位から10位までが入賞となり、ポイントは1位からそれぞれ25-18-15-12-10-8-6-4-2-1点となっている。

 第13戦シンガポールGP終了時点でのベッテルの成績は7勝、247ポイント。これに次ぐ2位のフェルナンド・アロンソ(フェラーリ)は2勝、187ポイントで、その差は60ポイントあまり。このポイント差に、2005年~2006年のワールド・チャンピオンであるアロンソも、ギブアップ宣言こそ出していないものの、「ベッテルに不運が一度ではなく、何回も起きない限りは……」と諦めモードのコメントを発表といえば、60点差がどの程度チャンピオン争いに影響しているか、ご理解いただけるだろう。

 残りは第14戦 韓国GP(10月4日~6日:韓国インターナショナル・サーキット)と第15戦日本GP(10月11日~13日:鈴鹿サーキット)のアジア2連戦を含めて全6戦。もし、この残り6戦をベッテルが全勝すれば、V2を達成した2011年の年間11勝を更新(別表参照)するだけでなく、90年代から2000年代前半に7度のワールド・チャンピオンに輝き、F1史上最高のドライバーと称賛されるミハエル・シューマッハが、2004年に達成した「年間13勝」という歴代最多記録に並ぶ可能性もある。

 そうなれば、年間獲得ポイントも397点と、2011年に記録した392ポイントを超える自己最高スコアになるが、F1のポイント制度はその年代によって入賞台数もポイント数も変更されているため、400ポイントに迫る大記録も、ここでは参考記録としてご覧いただきたい。


 さて、F1の世界のだれもが認めるベッテルの凄さはどこにあるのか。
 まず強調しておきたいのは、彼が速いマシンを与えられているから、それで楽々と勝てている、ということではないということだ。確かに彼の乗る「レッドブルRB9・ルノー」は速さもあれば、抜きん出たコーナリング性能もあり、他チームのマシンより、コースによっては1秒前後のアドバンテージを保持していることは間違いない。

 しかし、マシンが速いからといって、だれが乗っても勝てるというほど、F1のドライビングは甘いものではない。マシンが速い故に減速や加速のときにかかる前後Gや、旋回中にかかる横Gなど、肉体に加わるストレスは、それこそ半端ではなく激しく過酷だ。それに耐えられる肉体的な強さはもちろんのこと、精神的な強靭さ。加えてすべてのドライビング操作では、ハイスピードに即応した反射神経や正確さが求められることも、他のマシンを操るドライバーとは異なる点だろう。

 たとえば、シンガポールGPのマリーナ・ベイ市街地コースの1コーナーでは、295km/hから150km/hまで減速するドライビング操作が要求される。これを1、2秒間で実行する。そのブレーキング距離はおよそ75mだから、0.1秒でもマシン操作が狂えば、コースアウトをまぬがれない。

 実際に、このレース中では、トロロッソのダニエル・リカルドが、18コーナーでクラッシュするアクシデントが起きた。20112年にトロロッソのレギュラー・ドライバーになってからの彼は”自損事故”がなく、僕はそれを大いに評価していた(2014年からレッドブルに昇格できることになった理由も、そこにある)。

 その18コーナーは、コーナー入り口で210Km/hから95Km/hに減速、ターンインしながら距離にして65m、時間にして1.6秒のブレーキングが要求されるコーナーだ。リカルドがクラッシュした周回、彼はわずかに速い速度でコーナーに入ったために、ターンインが遅れ、ブレーキをいつも以上に強く踏んだが間に合わず、コーナー直進するかっこうでコースアウト、そのままクラッシュしてしまった。
 コンマ何秒かの判断や操作のズレが、クラッシュを招いてしまったのだ。

 第13戦シンガポールGPでは予選でポール・ポジションを獲得し、スタートから抜け出したベッテルは、レースの間、だれにも追走されることなく孤独な疾走を続け、61周、309.087kmを1時間59分13秒132で走り切り、トップでチェッカーを受けた。この間、彼はまさしく「自分との闘い」のなかにいて、今シーズン距離も時間も最長ゲームとなったレースの間、集中力を途切れなく持続し、体面も精神面もトップランナーとして最も高いレベルを保ちながら、最速マシンに”負けない”人間力を貫きとおして見せたのだ。


 速いマシンはドライバーをより速くする――。
 これはF1グランプリの定説であり、過去に何人もがそれを証明してきている。
 今季V4をめざすベッテルは、現在進行形でそうした「グレート・ドライバー」の域に達しようとしているのである。

 尚、シンガポールGPの表彰式では、表彰台に上ったベッテルに観客席からブーイングが飛んだ。このベッテルに対するブーイングは、今季の表彰式ではお馴染のシーンになったが、それは彼の速さに対する一種の“ジェラシー”で、観客のマナーとしてことさらメディアが取り上げるようなものではないと思っている。
 僕の実感では拍手、彼の独走プレーを讃えるファンのほうが多かった。
 ドライバーをリスペクトするF1ファンの多い日本GPでは、ブーイングなど起きないだろうーー。

【3連覇達成中のベッテルの勝利数と獲得ポイント】
2010年 V1  5勝 256ポイント
        (2位フェルナンド・アロンソ  4ポイント差)
2011年 V2 11勝 392ポイント
        (2位はジェンソン・バトン 122ポイント差)
2012年 V3  5勝 261ポイント
        (2位はフェルナンド・アロンソ 3ポイント差)