沢松奈生子のウイニングショット「錦織圭の、世界ベスト10とグランドスラム優勝の可能性」
(取材・構成 増島みどり)
■錦織圭(23=ユニクロ)2013年の戦績
★ブリスベン国際
単複4強に進出。1974年(九鬼潤)以来の躍進だった。
準決勝アンディ・マレー戦で左ひざを悪化させ途中棄権。
ダブルスも棄権した。
★全豪
日本人初の2年連続ベスト16進出を果たす。4回戦で敗退。
★全米インドア国際選手権
全試合ストレート勝ちでツアー3勝目。
★マドリードマスターズ
3回戦でロジャー・フェデラーを破る大金星をあげる。
4回戦ではランキング113位のアンドゥハールに敗退。
★全仏
75年ぶりの日本人ベスト16に進出。
その後、自己最高ランキングを更新し13位に上昇する。
★全米
13年最後のグランドスラムとなったが、初戦で173位のエバンスに敗退。
世界ランキングで最高14位を獲得するなど、日本女子テニス界の一時代を築いた沢松奈生子さん(40=元テニスプレーヤー、テニス解説者)は、「錦織選手のファンだ」という。2001年、全国小学生テニス選手権で錦織(当時乃木小)が優勝した後、彼の故郷でもある島根県松江市で開かれたテニス教室に行く機会があったことも、特別な思いを抱く理由だ。12年前に見たその日の光景は、今でも忘れられないという。
「全国で優勝した男の子がいるんですよ」と周囲から評判を聞いていたこともあり、錦織を見つけ大きな声で「こんにちは!」と声をかけた時だ。
「錦織君は本当にモジモジしながら小さな声で返事をすると、ペコっと頭を下げたんですね。無口でシャイな男の子なんだなぁ、と微笑ましく見ていたんです。ところが……」
当時すでに現役を引退し、テニスを通じて多くの子どもたちに触れ合っていた。そんな経験から、技術を教える前に性格を見ることも大切にしていただけに、小学6年生の変貌ぶりに驚かされた。ラケットを握りコートに入った途端、モジモジしていた姿がまるで別人かと思うほど、積極的に感情を表に出しながらプレーをしたからだ。
「見て、見て、ボクを見て!と言っているかのように積極的に自分をアピールするんです。小学生なのにオンとオフを見事に切り替えるというか、どこか存在感のある立ち姿でした。それが今でも印象に残っています」
あの日から12年が経過した2013年、錦織と、テニス界の夢でもある世界ランキングベスト10入りを引き寄せる、初めての大金星をもぎ取った。5月、マドリ―ドマスターズであこがれのロジャー・フェデラー(スイス)に、6-4、1-6、6-2で初勝利。そして全てのグランドスラムが終了した9月10日現在、ランキング12位につけている。
沢松さんに、一つの大きな目標でもあったフェデラーに勝ち、トップ10入りを目前にする若きエースへ「3つのアドバイス」を聞いた。10年ものツアー生活で、常に世界ランキング50位以内を維持し続けたプロからの、温かい応援メッセージでもある。
①トップ10の選手に年間で5回は勝つ
フェデラー選手を破った今年(この時点でフェデラーは2位)、大きな自信を得たはずです。また、全米での初戦敗退の結果はとても残念でしたが、その悔しさを誰よりかみ締めているのも彼に違いありません。
この結果だけを見れば極端ですが、今年は例年とは違い、年間を通じてランキング下位の選手に取りこぼす試合はずい分と少なくなった印象です。安定性が出てきました。目標のベスト10入りはもちろんすでに現実的で、彼ならその地位を確保しベスト5入り、さらにはこれから3年後、5年後にグランドスラムで優勝するプレーヤーになれるでしょう。そのために、いくつかポイントがあると見ています。
先ず、世界トップ10の選手に年間通じて5回以上は勝たなくてはならないでしょう。フェデラーに勝ったことは大きな弾みになりました。けれども、ランキングを上げて行く上で重要なのは大物を倒すことだけではなく、明確で、実現可能な目標を定めることです。今年は(9月10日時点で)、トップ10にはフェデラー以外、勝っていません。
私もツアーを戦っている際は、この大会からこの大会までに、順位をここまで上げて行こうといった現実的な、実現可能な目標をしっかり定めるようにしていました。もちろん彼もしっかりと目標を持っているでしょう。でもツアーはとても長く、ファンの皆さんが思う以上に厳しいのです。そんな中で私は、いつでも具体的に、手の届く目標設定をしっかり持つことで緊張感や意欲、フィジカルを維持しました。例えば全豪から全仏までにここまでは持って行こう、といった実現可能な目標を持って着実にランキングを上げて行くと、上位選手に勝っても次の目標がすぐに見えます。
彼には年間5回、トップ10選手に勝つ準備は十分にできています。来年は、ベスト10定着、グランドスラム全てで8強入りなど新たな目標を設定するはずです。
②体をつくる
こう指摘すると、ウエイトトレーニングでパワーをつけるようなイメージを持たれますが、そうではありません。年間を通じてケガをしない、ストレスを最小限にツアーを戦い抜く体をつくるという意味です。身長178センチ、体重74キロの錦織選手は、トップ10、トップ5にいる選手たちに比べれば小柄といえます。身長は190センチ近く、ファーストサービスの6割で時速200キロを越えるボールを打ち返すために、自分の体力を使わなくてはならないか。その点は彼の体格ではとても不利でしょう。簡単に数値化することはできませんが、彼らに比べれば1.5倍の体力を使って試合を1つ戦っているほど、大きな負担がかかっているはずです。
そうした中で大会を勝ち抜けばやはり色々な箇所に痛みを伴います。今年も何試合か棄権していますが、もし波があるとすれば、外から見ている以上の体力を使っていることも一因かもしれません。最近は、パワーよりもケガをしない、コンディショニングを重視したトレーニングをしているとも聞いていますので、その成果も表れてくるでしょう。
同時に、サービスだけではなく、早くポイントを取る事で消耗を防ぐ、そうしたテニスの組み立ても重要になってきます。
③メンタルの充実
メンタルというと、接戦を諦めないとか逆転する精神力といったことに思われます。プロテニス選手にとってもちろんそれらは大切な資質ですが、それ以上に大切なメンタルが実は「切り替え」なのです。週末にかけて試合をし、週明けにまた次の試合に移動。負けを引きずっていると悪循環に陥ってしまう。ポジティブに物ごとをとらえる強いメンタルが必要になります。
また、試合の中での切り替えも本当に難しいものです。チェンジコートのわずかな時間に切り替えができればいいのですが、ほとんどの選手は頭の中が真っ白になってしまい、そのまま負けてしまう。相手と自分しか見えなくなるからなんです。でも彼は、コートに立って、客観的に、自分と相手、相手のショットを読むクレバーなテニスをします。会見や新聞記事を見ていると「あそこで切り替えられれば……」といったコメントをしているケースが数回ほどあるようです。もし、それらの試合で切り替えができれば、勝てる試合も増えるはずです。
錦織選手に初めて会った日、無口でシャイな面と、テニスを始めると自分をどんどんアピールする、どこか欧米的な性格とを、自然に切り替えている姿が印象的でした。最近は試合後のコメントにも「I’m Proud」(自分を誇りに思う)といった欧米的な単語も交じり、なかなか日本人にはできないポジティブ思考の発言だな、と感心させられます。テニスで上位に食い込むには、シャイな面を秘めて、欧米流に切り替えをうまく、どんどん自己アピールをしていくほうがいいはずです。思い切り自己主張をしていって欲しい。
今年残る試合と来年の彼に、さらに期待をしながら応援しています。
(写真提供:フォート・キシモト)