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世界選手権の結果から展望する全柔連新体制の未来(溝口紀子)

 全柔連は、不祥事続出の結果、ついに内閣府からの是正勧告を受け、世界選手権直前に、上村春樹氏および執行部が退陣した。

 上村氏に代わって全柔連会長に就任したのは、宗岡正二新日鐵住金代表取締役会長兼CEO。これは、初めて講道館館長以外の会長就任であり、講道館との分離を体現したともいえる。

 さらに専務理事にトヨタ自動車顧問の近石康宏氏、前体制では広報委員長だった宇野博昌氏が事務局長に就任。この3人は東大柔道部出身者であり、講道館柔道とは違う七帝柔道の出身者でもある。七帝柔道とは旧帝大の柔道部で行われている寝技中心の独特のルールで、戦前の高専柔道や大日本武徳会の流れを汲む柔道である。

 その象徴は宗岡会長の「耳」。学生時代の厳しい寝技の稽古で耳がつぶれて「ギョウザ耳」になっている。柔道経験者でギョウザ耳を持っていれば、筋金入りの寝業師といってもいいだろう。このギョウザ耳はどうやら福耳でもあるようだ。

 宗岡新体制は幸先も良かった。ブラジル・リオデジャネイロで8月26日から始まった世界柔道選手権大会では、男子は金メダル3つ、男女合わせて7つのメダルを獲得し、国別のメダル獲得では1位となった。

 また22年ぶりに金メダルなしに終わった女子チームも、最終日の団体戦では、地元ブラジルに3−2の僅差で優勝。男子は3位となった。なんとか面目を保ち全員がメダルをお土産にして凱旋帰国することができた。

 特に男子チームの復調ぶりは著しかった。昨年のロンドン五輪では大会史上初めて金メダルゼロに終わり「日本柔道の落日」といわれるほど、メディアでも物議を醸したが、今回は3つの金メダルを獲得。なんといっても井上康生監督の圧倒的なカリスマ性で選手たちの士気を高めた。

 技術的にも日本男子は進化していた。昨年のロンドン五輪では、海外選手の「クロス組み手」に翻弄されていたが、「クロス組み手」を封じるだけでなく、「クロス組み手」の空間を利用して技をかけるなど対策が十分におこなわれていた。

 そして、なにより負けた選手のインタビューのコメントも、自分の言葉で冷静に分析し、「自立」していた。監督が変わると選手の意識はこんなにも変わるのかと感心したほどである。体罰なしでも結果を残せる。その証左を示してくれた。

 その一方、不安が拭えない面も残った。男子重量級は今回もメダルはなく、致命的な状態が続いている。この状態から脱却するには、この先10年間のグランドデザインを描き、選手育成を考えなければならないだろう。


 また、前述したように女子チームは22年ぶりに金メダルゼロに終わった。原因は、男子チームの井上監督就任とは違い、新体制の始動が遅れたことである。女子柔道選手への暴力事件の引責で園田隆二前監督が退任し、十分な監督選考がされないまま、とりあえず2014年までの期限付きで南條充寿氏が監督就任した。

 が、5ヶ月間という期間では、暴力事件の余韻が陰を落し選手とコーチの間は「腫れ物にさわるような関係」であったという。これでは相互の信頼関係も構築できず士気もあがらなかったはずである。しかも監督任期は期間限定条件だから南條氏もモチベーションがあがらない。監督が2020年の五輪までのグランドデザインをきちんと描けなければ、強化のドラスティクな改革にはつながらないはずだ。

 技術的には、女子は、寝技の緊急的強化が必要である。関節技や絞技で海外選手に負ける場面が目立った。現在の世界柔道は「ハイブリット柔道」といわれるほど、サンボやチタオバ、ブラジリアン柔術、MMA(総合格闘技)などの技術が流入し多様化している。

 男子チームも、ロンドン五輪では「ハイブリッド柔道」に対応できず惨敗した。井上監督は就任後早速、上述の民族格闘技や柔術を積極的に合宿にとりいれて、今大会に備えてきた。その結果が男女のメダルの色に影響した。ギョウザ耳をもつ宗岡会長は、先に紹介したように、究極寝技の七帝柔道出身。その秘伝の技を柔道衣を着て女子選手に見せて、その意気込みを選手たちに伝えてほしいものだ。

 もうひとつ気になったのは、代表選考会では一回戦負けの選手たちを、世界選手権に出場させたことだ。しかし、結果は出なかった。すなわち強化委員の選考ミスである。最終選考会(全日本体重別)で、どうしても優劣が出なかった場合、海外のトーナメントを再度最終選考として候補者に出場させるなどしないと選手や関係者は納得しないだろう。監督の暴力を告発した女子15選手が代表選考基準の不明確さを指摘したが、今回の結果をみれば解決してないことは明らかである。

 とはいえ、柔道界の膿みを出し切った今だからこそ、選手や強化スタッフは「集中できなかった」「追い込みがたりなかった」「自立してなかった」というような感想文的反省に終わらず、冷静に科学的な見地で敗因、勝因を緻密に分析できるインテリジェンスが必要だ。

 8日にいよいよ2020年東京五輪招致の行方も決定する。その動向も気になるが柔道が大団円を迎えるには、まだまだ当分時間がかかるだろう。なぜならば柔道家ひとりひとりが意識を変え、講道館と全柔連の機能がそれぞれ明確にならなければ柔道界の自浄能力は育まれない。実際、直近の9月4日朝に表沙汰となった天理大柔道部暴力事件では、藤猪理事の危機管理、自浄能力の欠如が明らかになった。見方をかえれば、名門柔道部の男子選手たちが声をあげたことで男のムラ社会の解体がようやくはじまった、とも言える。本当のスタートはこれからである。リオの世界大会を今回の全柔連の不祥事の「手打ち」として2020年東京五輪で「大団円」という結果を迎える。そんなストーリーになることを、切に願いたい。

写真提供:フォート・キシモト