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なぜ日本ゴルフ協会は福島のゴルフ場を助けようとしないのか (上杉 隆)

福島のゴルフが「死」を迎えようとしている。

美しい自然に恵まれた福島県のゴルフ場は特段に美しい。

阿武隈山系の深い緑に囲まれ、場所によっては美しい太平洋を臨むコースはゴルファーにとっての楽園だ。

その福島のゴルフ場を悲劇が襲ったのは、2011年3月11日のことだった。

風光明媚な福島県の ゴルフ場を襲った悲劇

ご存じ、東日本大震災と東京電力福島第一原発の放射能事故は、ゴルフ界にも大きな影を残した。

とくに後者は決定的だった。原発から出たセシウム汚染は、コースの修復どころか、ゴルフ場に近づくことすら許さなくなってしまったのだ。

この夏も密かに県内のあるゴルフ場を訪れた筆者がいつものようにガイガーカウンターで計測を始めると、支配人が飛んできてこう言うのであった。

「上杉さん、目立たないようにお願いします。測定値は分かっていますから、ツイッターとかに書かないでください。本当にお願いしますよ」

昨年までは違った。ゴルフ場の中には自ら測定器で放射線量を測ったり、筆者が測定器を持っているのを知ると計測を依頼してくるところもあったほどだ。

しかし、今は違う。ほとんど改善されないセシウム汚染の実態を知って、みな諦め始めているのだ。

「みんな、ここで働いているんですよ。ゴルフ場を止めることは簡単ですけど、キャディも、従業員も路頭に迷うことになる。いったい誰が補償してくれるのか。東電か?国か?誰も補償なんてしてくれないですよ。もう、放射能汚染は考えないことにしているんです」

福島のゴルフ場は、明らかに昨年とは違った状況を見せている。盛んに警報音を発している筆者の計測器の音をOFFにしながら、2マイクロシーベルトを前後している液晶の画面を見せた。

「わかっています。わかっているんです。でもそれはお願いしますよ」

ゴルフ場全体の芝の張り替え費用、 東電から当初の提示は「13万円」

福島第一原発から最も近い「リベラルヒルズゴルフクラブ」(アコーディアグループ)の空間線量(地上1メートル)は毎時5マイクロシーベルト以上である。

春、U3Wの取材で現地を訪れ、数台の測定器で測るも、行政やマスコミの反応は鈍く、ゴルフ界にも危機認識が広がることはなかった。

経営するアコーディアグループの幹部に、実際の空間線量を伝えると「東電からの報告とあまりに数値がかけ離れている」と言って絶句した。線量を低く報告することで、賠償金額を減らそうと躍起になっている東電の姿勢がうかがえる。

こうした傾向はリベラルヒルズだけではない。福島県内全域、他のゴルフ場にも同じようにいえる。

高濃度のセシウム汚染をされた「いわきプレステージカントリー倶楽部」はすでにひどい通告を受けている。

やはり今年の春、東京電力の担当者から芝の張り替え費用として13万円を提示された。

ゴルフをする者ならば知っているが、ゴルフ場の芝の貼り替え費用は膨大な額にのぼる。

ましてや全域を放射性セシウムに汚染されたゴルフ場は全面張り替えするしかない。

ゴルフ場の広さにもよるがだいたい10億から20億円といったところが相場だ。

その後、あまりの賠償金額の安さにゴルフ界ではちょっとした騒動となった。

すると、さすがに世論を気にしたのか、東電は姿勢を改め、賠償額を千倍に引き上げたのだ。

だが、それにしてもまだ芝の張り替え費用には到底足りないし、ましてやゴルフ場の休業補償分の賠償にはまったく及ばない。

一度放出されたセシウムは 東京電力の所有物ではない!?

こうしたひどい状況は日増しに深刻さを増している。

たとえば、昨年10月の「サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部」の訴訟結果がそれを如実に示しているだろう。

放射性セシウムの除染費用などを求めて争ったその裁判において、東京地裁は、ゴルフ場のセシウムは確かに原発由来だが、一度外部に放出された物質は無主物であり、東京電力の所有物でない、という驚くべき理由で、二本松ゴルフ倶楽部の訴えを退けている。

原発事故以来、行政や一部の東電寄りの市民の計測による空間線量の過少報告が横行し、そこに、現地の事情に疎い有名ジャーナリストや在京のマスコミなどがいとも簡単に乗ってしまい、現実を見つめたくない空気と相まって、こうしためちゃくちゃな理論がまかり通ってきた。それが福島の現実だ。

それは、ドイツテレビのハーノ記者が「フクシマの嘘」という衝撃的な番組を制作し、欧州で驚きをもって迎えられても変わる気配はない。

日本の大手メディアも、相も変わらず、現実を直視させないように、自分たちの誤報につながるような都合の悪い情報を遮断し続けている。

福島のゴルフ場が直面するジレンマ 日本ゴルフ協会が果たすべき役割は――

それはゴルフ場も同様だ。実際のガイガーカウンターの数値は無視され、東電などが発表した都合の良いデータを根拠に、汚染を隠しながら営業を続けることを余儀なくされているゴルフ場が少なくないのだ。

だが、そうでもしなければ今度はゴルフ場がつぶれてしまう。そのジレンマの中、たとえば二本松ゴルフ倶楽部で予定されていた福島オープンゴルフの予選会が、放射線量の高さを理由にキャンセルになったことなどを知ると、同業者の口はますます堅くなるのだ。

今年に入ってからは、福島のいくつかのゴルフ場の芝から約100ベクレルものストロンチウムも検出されはじめている。

大きな問題は、この期に及んで日本ゴルフ協会(JGA)などが団結せず、ゴルフ界の未来のために動こうとしないことだ。

本来ならば、こうしたゴルフ文化の危機だからこそ、政府に働きかけるなど、ゴルフ界の先頭に立ってJGAなどが果たす役割があるのではないか。

JGAは、今年4月に公益財団法人になったが、そうした活動が活発化したという話は聞かない。

安西孝之会長を筆頭に、戸張捷氏や川田太三氏など、ゴルフ界の重鎮たちが理事に名を連ねているが、彼らがそうしたコメントを発表したとは一切聞かない。

なぜ、困っている福島のゴルフ場を助けようとしないのか。彼らには最大1800万円もの役員報酬(14号棒)が支払われている。

日本全国のゴルファーは、彼らの為ではなく、ゴルフ文化の発展と存続のためにJGAにお金を払っているのだ。

いまや、愛すべき福島県には、ゴルフ文化への卓越した理解者である佐藤栄佐久前県知事の姿もない。

福島のゴルフ文化は、東京電力が放った放射性セシウムによって「死」に至らしめ、JGAなどのゴルフ界自らがその止めを刺そうとしているのである。

【ダイヤモンドオンライン「週刊上杉隆」8月30日より】