ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

NBS創設記念!! ついに辞任を明言した「全柔連上村体制」の犯した罪を徹底検証!(溝口紀子)

 重なる不祥事と連盟の対処の遅さに7月23日、内閣府は上村春樹全日本柔道連盟(全柔連)会長に8月末までに体制再構築を求める勧告書を手渡した。事実上の辞任勧告を受けて7月30日上村春樹会長は8月末を持って会長、執行部5名も退任すると表明した。

 本稿では、上村会長が2009年に講道館館長および全柔連の会長に就任し、どのように全柔連の体制が変化し不祥事が相次でしまったのかパフォーマンスとファイナンスの視点からを検証したい(*1)。

[caption id="attachment_12800" align="alignnone" width="426"] 図1.全柔連における2005年から2011年までのパフォーマンスの変化[/caption]

 パフォーマンス(図1)においては、2009年上村会長が全柔連会長、講道館館長に就任した以降は女性の特に金メダル数の増加する傾向にあった。特に2010年以降、世界選手権の出場枠が2枠になったことでメダル増加に拍車をかけることになった。その一方で、柔道事故件数と裁判数、被害者勝訴が増加してきた。

[caption id="attachment_12801" align="alignnone" width="421"] 図2.全柔連における2005年から2011年までのファイナンスの変化[/caption]

*2005年のオフィシャルサプライヤー、2010年の寄付金については記載がなかった。

 ファイナンスについては、2009年から上村会長が全柔連会長、講道館館長に就任した以降は顕著な収入の増加している。特に補助金、オフィシャルサプライヤー、寄付金が増加したことにより事業収入が増加した。特徴的なことは、2009年以降、これまで最も主要な収入源であった登録会費より補助金の収入が上回ったことである。

 補助金の増加の要因は、選手のメダル数が増加したことで強化助成金が増額したことによる。その一方でこれまで最も主要な収入源であった登録会費が減少していた。

 すなわち上村体制になった以降、
1)柔道事故が多くなり、なおかつ被害者の勝訴の事例が増えてきた。
2)金メダル数が著しく増えたために補助金、寄付金、オフィシャルサプライヤーの収入が増え、その結果として事業収入が増加した。しかしこれまで一番の収入源であった会費が激減、補助金が会費の収入より上回るようになった。

 これでわかるとおり、上村会長が就任して以降、全柔連では普及(会員獲得)よりも、これまで以上に強化育成に重点をおくことになり、公金不正や暴力が黙認され、勝利至上主義の偏重につながった、と言えるのではないだろうか。

 その一例として柔道の死亡事故に対する全柔連の対応を例にあげてみる。内田良准教授は、1983年から2011年までの29年間で柔道における中高生の死亡事故は118件であり、死亡率が他のスポーツに比べると明らかに高いことを報告している(*2)。

 2006年に、全柔連は増加する柔道事故の対策として「柔道の安全指導」を発行(初版)した。その効果は翌年2007年には死亡事故ゼロと一時的になるものの、上村会長が就任した2009年には死亡事故が4件、2010年には5件とむしろ増加してしまった。2009年に急激に死亡事故が増加した際、なぜ上村会長が迅速に対策を講じることができなかったのだろうか。

勝利至上主義の偏重

 今回の一連の不祥事に対する全柔連の対応力、スピード感、当事者意識のなさはすでに周知のとおりであるが、「柔道で子供が死ぬ」という危機でさえ、鈍感であったと感じざるを得ない。ボルドー大学のブルッス教授によると日本の柔道人口の三倍の60万人の登録数を数えるフランス(*3)では子供の柔道事故はゼロである。日本だけがなぜこんなにおこるのか。

 残念なことは2009年に上村会長が就任した年に死亡事故が増加したにも関わらず、早急な対応が遅れたことである。もっと全柔連が早く対応ができていれば翌年の2010年に死亡事故がさらに増加することはなかったのではないだろうかと悔やまれる。

 全柔連の不遜な態度に対して2010年3月に全国柔道被害者の会が発足された。さらに内田氏の衝撃的な論文発表や中学校での武道必修化に加え「被害者の会」の熱心な活動により社会的問題にまでなった。

 柔道事故被害者の会の発足に後押しされるように、全柔連は2010年5月に少年大会申し合わせ事項として危険な技を具体的に提示し禁止技の適用とした。また6月に「安全指導プロジェクト特別委員会」を設置し本格的に組織的な改革に乗り出した。

 特に2011年からは全柔連医科学委員会の医師が、頭頸部の負傷予防と対応について講習を行うことになった。結果的に2012年ついに柔道死亡事故はゼロとなりストップをかけることができた。しかしこれらは、全柔連だけの努力によるものではない。

 実際、上村会長の手腕は選手強化と協賛金を集めることに重点がおかれ、これらについては見事に成果を出してきた。しかしその一方で国内の柔道事故の対応、安全活動、普及のための活動などが重視されなかった。そのことによって柔道事故への対応が遅れ、被害者団体が発足され裁判で被害者が勝訴となるケースが増えたのではなだろうか。

 これらのことを象徴するように上村会長は、朝日新聞のインタビューに次のように述べている(*4)。

朝日)国際柔道連盟(IJF)理事、日本オリンピック委員会(JOC)選手強化本部長も務めました。権力が集中し過ぎたのでは。

上村)「外の仕事をやり過ぎたかもしれない。その反省はあります。全柔連の予算規模はみんなで地道に協賛金を集めて、数年前から1985年の10倍(約12億円)になった。強化も順調に進んでいた。だから、外のことをやるのも重要だと思っていた」

朝日)勝利至上主義が暴力の源泉にあるという指摘については。

上村)「競技団体が五輪を意識するのは当たり前です。弱い日本柔道に魅力がありますか? 選手は目標を目指し、強くあってほしい。その過程で相手や周囲への尊敬や感謝、配慮の念が生まれる。嘉納治五郎師範は一生懸命やれば人はできていく、とおっしゃっています。選手には今後も五輪チャンピオンを目指して一生懸命やってほしい。ただ、結果的にある一つの出来事で、過去がすべて否定されるのも事実です」

 柔道事故が注目される以前、2001(平成13)年から、柔道の内部では行き過ぎた柔道界の勝利至上主義の傾向を懸念した声があがり、「柔道の原点に立ち返る」というスローガンのもと、嘉納治五郎が提唱した柔道の原点に立ち返り、人間教育を重視した事業を進めようとする講道館・全柔連の合同プロジェクトが展開されていた。(*5)2010(平成22)年5月には、下記の柔道ルネッサンス宣言2010を採択している。

1.指導者自らが襟を正し、「己を完成し、世を補益する」事を実践します。
1.理にかなった技の習得、「一本」を取る柔道を目指します。
1.老若男女が親しめる、安全に配慮した柔道の普及・発展に努めます。
1.美しい礼、正しいマナーで、品格のある柔道人になり、育てます。

 しかし、上村体制の2010(平成22)年を最終年度とし、10年間継続した柔道ルネッサンス特別プロジェクトは終了となってしまった。高尚な柔道ルネッサンス宣言を具現化されることなく、柔道ルネッサンスプロジェクトは、勝利至上主義に傾倒していくなかで埋没されていくことになってしまった。

柔道界の体質改善はどうしたらできるのか?

 柔道界の暴力文化の容認、コンプライアンスの逸脱、勝利至上主義に暴走していく執行部になぜ柔道界の内部から警鐘をならすことができなかったのか。

 それは戦後、「講道館-全柔連体制」のなかで、段位継承権、IJFの権力闘争、国内での学閥闘争を繰り広げていくうちに「男のムラ社会」を形成することで勝利至上主義に傾倒してしまったのではないだろうか。

 これは上村会長だけの責任ではなく、私を含め柔道家すべてが自戒の念をもち受け止めなければならない。

 これまで柔道事故をはじめとする全柔連の不祥事が顕在化されてこなかった背景には、柔道界には段位制度、実力主義(柔道の強さ)、重量級重視の偏重があり、高段者や恩師に対して、さらに世界チャンピオンに反論できない徒弟制度が慣行しているからである。

 今回、評議会で唯一、上村会長に「NO!」と声を上げた評議員の了徳寺健二氏は、際立った競技実績はない。いわば評議会においては異端児でもある。

 6月の評議会では、会長へ辞任を求める了徳寺氏に罵声が飛ぶといった場面がみられたが、そんな背景にも、学歴や柔道界に貢献があってもチャンピオンの実績がなければ発言力を持たないことを表しているのであろう。すなわち議論ができないから反知性組織になってしまう。

 特に柔道界ならではの実力主義、重量級偏重の考え方は、歴代日本男子代表監督は重量級の柔道家に限られていることからよくわかる。今回の不祥事でTVにでてくる上村会長を頂点とする執行部の男たちが大柄な人が多いのも柔道界の象徴的である。

 なぜならば、上村会長、山下泰弘氏のように歴代監督は全員、五輪と世界選手権のチャンピオンだけでなく、全日本選手権(無差別級)のチャンピオンであり、無差別級で勝利をあげたものこそが実力で一番というが柔道界では常識である。

 今日、五輪では無差別級は行われていない。しかし全日本選手権は無差別級でおこなわれるため、重量級が有利であり覇者のほとんどが重量級選手である。

 「柔道ムラ」の特権を持つ全柔連や講道館の理事会は、すべて男性に限られている。特に進学から就職まで全柔連関連の「利権」に群がる体質があるため、組織的な公金不正や暴行などの不祥事があっても上層部に発言ができない。

 言い換えれば、「男のムラ社会」では外に置かれていた女性であったからこそ男性より告発しやすかったのかもしれない。これまで全柔連の人事は、五輪・世界チャンピオン(男性の)、学閥のなかで決められていたが、女性という第三勢力が加わることになったことでようやく「性差の解消」となったともいえる。

 それは同時に男性と同じ土俵にあがったことを意味し、今後は女性理事の実力が問われているともいえる。

 とはいえ、上村会長が辞任、理事会が解散されることで柔道界がドラスティックに変われるとは思わない。「男の柔道ムラ」の体質改善をしなければ、抜本的な改革は期待できないからである。

 「男の柔道ムラ」を解体するには女性理事らが中心となり、勝負だけでなく、規範、遊び、社交といった文化的要素、社会的価値を訴えていくことによって、勝利至上主義で歪んでしまった男のムラ社会に風穴をあけることができるのではないだろうか。これまでの「勝利至上主義」的運営に警鐘をならし、強化だけでなく普及、安全を包含したやさしい柔道、特に「遊びの柔道」を展開していくことを期待したい。

 そのことによって柔道の社会的信頼の回復、柔道人口の回復ができるチャンスになるはずである。柔道の将来は女性柔道家に委ねられている。

*注)
(*1)2005年から2011年までの柔道事故件数、柔道裁判件数、被害者勝訴件数、中学校部活動人口指数(2001年度を1とする)、高校部活動人口指数(2003年度を1とする)、世界選手権、五輪における金メダルの男女獲得数を集計した(図1)。また全柔連の収入の変化を事業収入、登録会費、補助金、オフィシャルサプライヤー、寄付金の集計(図2)、2006年は世界大会の開催はなし。
数値の出典は内田良『柔道事故』,河出書房出版,2013および全柔連ホームページ(http://www.judo.or.jp/about-zjr/)に掲載されている決算報告より引用した。
(*2)内田良,『柔道事故』,河出書房出版,2013
(*3)Michel Brousse氏のホームページより引用。2011年11月19日、全柔連医科学委員会特別講演での資料

http://michelbrousse.fr/Michel_Brousse/Accueil_files/2011%20Safe%20judo%20teaching.pdf
(*4)朝日新聞2013年7月19日インタビュー引用
http://digital.asahi.com/articles/TKY201307180588.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201307180588 2013年7月27日DL
(*5)講道館ホームページより引用
http://www.kodokan.org/j_renaissance/ 2013年7月27日DL