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五輪でわかった世界標準にはほど遠いスポーツ後進国ニッポン(玉木 正之)

ロンドン五輪総括/「ボーダーレス五輪」の未来像

この原稿は共同通信配信で、全国の地方紙に掲載されたロンドン・オリンピックの「総括」です。最後に、少々文章を付け足して、News-Logにアップします。

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ロンドン五輪が幕を閉じた。今大会の一番の特徴は、未来につながる「境界なき(ボーダーレス)オリンピック」といえる。

参加したすべての国と地域から女性選手が出場し、男女の「境界」の解消が進んだ。

これは国際オリンピック委員会(IOC)が全競技参加者の平等(当然、男女も平等)というスポーツの原理原則を貫いた結果、主にイスラム社会の宗教的原理原則を突き動かしたものと言え、スポーツのナチュラルでヒューマンな素晴らしい価値が効果を発揮したものといえる。

また両脚義足の南アの陸上選手や、右腕の肘から先を先天的に失っているポーランドの卓球選手などが大会に出場。

間もなく開催されるパラリンピックも、オリンピックと同じ組織で運営され、「障害者と健常者の境界」がなくなる方向が、はっきりと打ち出された。

さらに新聞、テレビ、ラジオなどのメディアに加えて、ネット・テレビによる全競技全種目全試合の映像中継も行われ、選手は観客やファンとともにツイッターやフェイスブックといった交流サイト(SNS)を活用。

活字メディア、電波メディア、通信メディアなど、情報伝達のためのメディアと、交流交信のための「メディアの境界」が消え去り、オリンピックは、地球規模の新しいネットワークによって全世界の人々が結ばれる時代に突入した。

そして最後に「国境」という「ボーダー」の問題である。

今大会はロンドン市内でも移民の街として有名な地域(イーストエンド)を中心に開催された。

そのことが象徴するように、一つの国から多くの人種や民族が参加。国境を超えたアスリートが数多く活躍した。

それは「国境なき(ボーダーレス)オリンピック」と呼びうるものではあったが、彼らの獲得するメダルが「国別メダル獲得数」という数字に置き換えられることで、新たなナショナリズムが喚起された。

「開催国としての威信を賭けた」といわれるイギリスも選手強化に努め、アメリカ(46)、中国(38)に次ぐ第3位29個の金メダルを獲得。「面目を保った」との声も聞かれた。

そんななかで韓国サッカー選手が見せた政治的アピールは、スポーツとオリンピックへの冒涜として断じて許されない行為だが、「ボーダーレス」を標榜しながら実現しきれない現代オリンピックの限界を象徴する出来事ともいえよう。

我が日本選手団は史上最多38個の金銀銅メダルを獲得し、多くの国民を喜ばせたが、アトランタ、シドニー、アテネ、北京での獲得メダル数を、今ではほとんどの人が忘れているように、それは一時期の熱狂に過ぎない。

4年に1度の熱狂も悪くはないが、スポーツをその程度の価値で終わらせてはならない。

トップ・アスリートの育成と同時に、一般スポーツ参加者の裾野を広げる活動に力を入れるべきだろう。

スポーツによる豊かな社会作りは、昨年制定された「スポーツ基本法」の基本理念でもある。

スポーツ環境の整備とスポーツ人口の増加という広い裾野は、自ずと高い頂点(メダリスト)の出現にもつながり、2020年の招致をめざす東京五輪の価値を高めることにもつながる。

すなわち五輪大会に出場するトップ・アスリートと観客やファンがSNSでつながるだけでなく、同じスポーツを楽しむ同じスポーツマンとしてつながる社会こそ、「ボーダーレス・オリンピック」が目指す未来の理想像といえるに違いない。

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(追記)オリンピックの幕を閉じたイギリスでは、オリンピアン(オリンピック出場選手)たちが、パラリンピックの見物と同時に、スポーツ・クラブへの参加を呼びかけている。

また、イギリスを初めとするヨーロッパの先進諸国では、すべてのスポーツ団体が、女性のスポーツ組織、身障者のスポーツ組織を持つことが法律で義務づけられている。

男子が野球をやり、女子がマネージャーをやる、ということが常識化している高校野球も、女子野球に何の援助の手を差し伸べないプロ野球組織も、世界のスポーツ先進国から見れば、ひどい差別の残存したスポーツ後進国の組織であることを、我々日本人は自覚するべきである。

また、そのような組織が、ジャーナリズムを推進するべきマスメディアによって運営されていることにも留意するべきだろう。

そのようなスポーツに対する無理解から、パラリンピックの結果を待たずに、オリンピックのメダリストだけで「パレード」を行って平気でいる「非常識」が、罷り通っているのだ。

こんなことでは、オリンピックの試合で破廉恥にも政治的アピールを行った隣国の行為も非難できなくなるではないか。

【共同通信配信+NLオリジナル】