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佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.⑪ 「自分を信じた」宇野が「 全日本」3連覇。自分のために滑る32歳の髙橋がみせた成長

困難を乗り越えることで見えてきた宇野の新境地

 今年も羽生結弦が不在。優勝して当然と思われるなかで、右足首捻挫のアクシデントに襲われます。それでも「言い訳にしたくない」と、ケガを一切口にすることなく3連覇を達成。合計289.10点は、ISU(国際スケート連盟)非公認ながら自己ベストと、強い宇野昌磨の姿がありました。

 ケガをしたのはショート・プログラム(SP)当日の公式練習の前、陸上でのウォーミングアップのときだったそうですが、氷上ではなく陸上でのケガだったことが、不幸中の幸いだったように思います。というのは私にも経験があるのですが、硬いスケートシューズが足首を固定して、ギプスに似た働きをしてくれるのです。

もちろん痛みは相当だったはずです。それでも、これがもし氷の上でシューズを履いた状態で負ったケガであれば、競技を続けることは難しかったでしょう。SPとFS(フリー)が2日連続ではなく、中1日空く日程だったことで、回復に努める時間があったことも救いになりました。

 FS直前の6分間練習では、不安を抱えた様子でジャンプを降りており、いざ演技が始まっても、最初の4回転フリップは着氷が乱れました。ただ、ここで踏ん張れたことで、不安を払拭できたのではないでしょうか。演技が進むほどに、開き直ったかのような凄みを感じさせました。

 苦しいときに頼りになるのは、日頃の苦しい練習の積み重ねです。今シーズンの宇野はずっと「自分を信じること」をテーマにしてきましたが、後半のトリプル・アクセルを筆頭に、3つのジャンプで3点以上のGOE(出来栄え点)を獲得できたのは、これまで自分のやってきたことを、ケガから這い上がろうとする自分を、まさしく「信じること」ができたからではないでしょうか。

 「全日本」が終わったあとで、多くのフィギュア関係者やメディアの人たちから、「宇野が男っぽくなった」「骨っぽさを感じた」といった声を聞きました。ゲーム好きだったり、食べ物の好き嫌いが激しかったり、五輪後の公式の場で居眠りしたり(笑)といった本人のキャラクターもあって、これまでの宇野はあどけない、かわいらしい少年のイメージが強かったように思います。それがたくましい大人の男へと変わりつつある。

 困難を乗り越えたときに、人は成長するものです。直前のケガという大きな困難を乗り越えた今回の経験で、精神的にもひと皮もふた皮も剥けたのではないでしょうか。周囲が棄権を勧めるなか、自分の「生き方」を貫いて、結果を残した。試合後に「ケガにも感謝」と言っていましたが、宇野自身のなかでも、新たな発見があったのではないでしょうか。

あえて4回転に挑戦。髙橋の生き方にはうらやましさも…

5年ぶりに戻って来た「全日本選手権」の舞台で、目標だったFSの最終グループどころか総合2位。結果が出た瞬間、髙橋大輔本人が一番驚いたような表情を見せていましたが、よくここまで持って来ることができたと思います。

 SPで2位につけた時点で、髙橋が少しでも高い順位を狙うためには、FSでは4回転ジャンプを回避すべきだと、私は考えていました。4回転トゥ・ループに成功したのは大会の2週間前。4回転をプログラムに組み込んでの通し練習は、ほとんどやっていなかったそうです。限られた練習しかできなかった大技に挑むより、3回転を軸とした構成でミスのない演技をしたほうが、高い得点が望めたからです。

 ですが、髙橋はFS冒頭で4回転トゥ・ループに挑戦しました。結果的には3回転で、GOEはマイナス評価。得意なはずの3回転フリップでも片手をつき、後半の3回転サルコゥでは転倒と、疲労の色は癖ませんでした。4回転ジャンプというのは、普段から練習している選手にとっても、心身に過酷な負担が求められます。成功するしないに関わらず、ほかの演技に及ぼす影響が大きいのです。どこかに歪みが出てきます。

 それでいて表現面の評価である演技構成点では、優勝した宇野とわずか1.42点差。以前から定評のあったステップはもちろん、不得手にしているイメージのあったスピンも柔軟性が増して回転に速度もあります。引退前より、技術的な上達を感じさせる部分が多くあるのです。

 引退してからの3年9ヵ月の間に、髙橋はアイスショーだけでなく、ダンスの舞台に出演したり、歌舞伎とのコラボレーションに挑んだり。さまざまな表現活動に取り組んできました。そうしたことが周り回って、フィギュア技術の向上につながっているのだと思います。

 試合後はミスした悔しさをにじませながらも、どこか納得した様子でもありました。今回の髙橋は順位に興味はなく、ただ純粋に勝負の世界の緊張感や、難しい技術の追求を楽しんでいたのではないでしょうか。それは日本の男子フィギュア界を背負っていた、引退前の現役時代にはできなかったことです。

 4回転ジャンプを跳んだ田中刑事や友野一希には、自分の上に行って欲しかったのが本音だったかもしれません。来年3月の日本で開催される「世界選手権」の出場を辞退したのは、自身のコンディションの問題だけではなく、若手たちの奮起と発奮をうながすエールであるように思います。

 ある意味32歳にして初めて、髙橋大輔は自分の好きなことだけに没頭できている。多くの同世代の男たちが仕事だったり家庭だったり、さまざまなしがらみに縛られているなか、自分らしさ貫いている髙橋の生き方はまぶしく、うらやましくもあります。これまでフィギュアに関心はなかったけど、そんな自分にできないことをやっている髙橋を応援しようする男たちは、案外多いのではないでしょうか。