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佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.⑩ 今年も名勝負だった「全日本選手権」。ショートとフリーを揃えた坂本が新女王に

●極限のプレッシャーにうち克った坂本花織伝統ある「全日本選手権」の歴史に、また新たな名勝負が刻まれました。今年は男女そろって見どころ満載。ハイレベルでひじょうに面白い大会になりました。日本のフィギュア・スケートに関わるすべての人たちにとって、「全日本」は特別な大会です。どんな世界大会とも違った別の緊張感があると言われるくらいです。その「全日本」のフリー(FS)での最終滑走、しかも自己ベストを大幅に更新しない限り逆転優勝は難しい。極限のプレッシャーが襲い掛かる状況です。そのなかで坂本花織は、あらゆる重圧をすべて自分の力に換えたかのような、圧巻の4分間を見せてくれました。 坂本花織と言えば「キス&クライ」でのカラッとした表情に代表される、元気で屈託のないイメージが先行します。ですが、あの状況であれだけの演技をやり遂げるのですから、その精神力の強さは並大抵ではありません。 1年前の「全日本選手権」で、坂本はSPを首位発進。FSでは今回と同じく最終滑走者でしたが、平昌(ピョンチャン)五輪代表が懸かるなか、大崩れせずに総合2位。平昌行きを決めてみせました。ただ、あのときはFSだけの順位では4位に終わっており、SPが2位だった宮原知子に逆転を許していたのです。それが今回は、いまできる最高のパフォーマンスを出し切っての逆転優勝です。いつもは辛口コメントの中野園子コーチに「心の入ったスケートができるようになった」と言わしめたほど。納得の演技だったことでしょう。同門の三原舞依にも言えることですが、中野コーチが指導するあのチームには特有の明るい雰囲気があります。良い意味でのオン・オフがハッキリしている。そのあたりも坂本の勝負強さ、極限での集中力の源になっているのかもしれません。 今シーズンの坂本の、表現力の向上には目覚ましいものがあります。踊りっぽくなってきたと言うのか。持ち前のダイナミックさやスピード感ある滑りに、細やかな仕草、手先まで神経の行き届いた動きが加わって、ちょっとした色気も醸し出すことができるようになりました。ジャンプのときに「跳ぶから見てろよ」とジャッジに視線を送るあたりも、本人のなかで「魅せること」に対する意識が変わった表れでしょう。

●スケート靴のアクシデントと、連続ジャンプのミスに沈んだ紀平 優勝候補筆頭だった紀平梨花は、まずショート・プログラム(SP)でのスケート靴のアクシデントが響きました。靴紐の締め上げで力が足りない場合に、テープを使うことは良くあるのですが、やはり紐で締めたほうが微調整しやすいものです。 今年3月の「世界選手権」では、宇野昌磨がやはりスケート靴のアクシデントに苦しめられましたが、国内外を問わず、いま靴に悩んでいるスケーターが多いように感じます。もちろん世界大会で活躍するクラスの選手ともなれば、自分に合ったオーダーメイドの靴を履くのですが、それでもなかなかフィットすることがない。まだ革製だった私の現役時代は、新しい靴が届いて最初の3日くらいは、何もできずにただ履いているだけ。それから1ヵ月くらいかけて慣らして、なんとか自分の足に合うようにしていったのですが、現在では技術や素材の開発が飛躍的に進み、できあがったその日にジャンプが跳べるほどです。それでも、A・B・Cと靴を3足、どれもまったく同じサイズ・同じ形状でつくったはずなのに、履いてみると感覚が微妙に違う。結局、右足はA、左足はCの靴を使う…なんてことがあるのです。 それでも紀平はトリプル・アクセルを2本決めて、FSだけの得点では1位の155.01点をマーク。しっかりと巻き返してみせたのはさすがでした。が、SPが終了した時点で1位の宮原から5位の紀平までの上位5人が、8.01点差にひしめく大混戦。FSはミスが許されない展開でした。優勝した坂本との差は、演技後半の3連続ジャンプの失敗です。着氷の乱れを取り繕うようにして、なんとか2本目から3本目へとつないだのですが、ジャッジは見逃してくれませんでした。演技全体を通して見ても、今シーズンこれまでの試合と較べると、動きに硬さがありました。ミスが許されなかったのは宮原知子も同じです。SPのジャンプには速さがあって、課題だった回転不足を克服。すべての要素でGOE(出来栄え点)がプラス評価の、久しぶりに「ミス・パーフェクト」らしい完璧な演技でした。痛恨だったのは、FS後半に予定していた3回転フリップからの3連続ジャンプが、2回転フリップの単発になったミス。ここが後半の3連続を含む、すべてのジャンプを成功させた坂本との差になりました。 終わってみれば、SPの1位が宮原で、FSの1位は紀平。ですが、優勝したのは、SP、FPのどちらも2位の坂本でした。SPとFSをノーミスで揃える。どんなにルールの変更があろうと、フィギュアの‘勝ち方’に変わりはないのです。