ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.⑧ 浅田真央以来の快挙。シニア1年目の紀平梨花が「グランプリ・ファイナル」初優勝

表現面でも、ザギトワと互角に渡り合える紀平の強さ

 シニアデビューのシーズンに「グランプリ・ファイナル」で優勝した日本人スケーターは、05年の浅田真央以来13年ぶり史上2人目。デビュー戦からのグランプリ・シリーズ3戦3勝は、浅田にもできなかったことです。しかも、五輪金メダリストであるアリーナ・ザギトワ(ロシア)との直接対決を制しての勝利です。称賛の言葉をどれほど並べても足りないくらい。「超新星」の誕生です。

 この大会を前に、紀平梨花(きひら・りか)がザギトワに勝つためには、ショート・プログラム(SP)とフリー・スケーティング(FS)あわせて3本のトリプル・アクセル(3回転半ジャンプ)を、すべて成功させる必要があると、私は考えていました。演技構成点で付くであろうザギトワとの差を、大技のトリプル・アクセルでカバーすることで勝機を見出す。そうした試合展開を予想していたからです。

ところが、今回の紀平はFS冒頭のトリプル・アクセルはダウングレードの判定でダブル・アクセル扱いとなる、大きな失敗を犯してしまいました。対するザギトワは、FSの大きな得点源である「3回転ルッツ+3回転トゥ・ループ」の連続ジャンプが、「3回転+1回転」になってしまうミスはありましたが、それほど酷い演技をしたわけではありません。実際今回のスコアである226.53点は、今季ザギトワが優勝した「フィンランド大会」(215.29)、「ロシア杯」(222.95)を上回っていたのです。

 それでも紀平は、SP、FSとも1位の完全勝利をおさめることになりました。相手のミスに助けられたわけではない。堂々の勝利です。その勝因は、彼女の総合力の高さにあります。苦手な種類のジャンプがなく、スピンやステップでもほとんど取りこぼしをしない。そして今回は表現面の評価である演技構成点でも、ザギトワと互角に渡り合ってみせました。

シニアデビュー以来、一戦一戦試合をやるたび、紀平は目覚ましい成長を見せています。とりわけ「NHK杯」の衝撃デビューで一躍世界中の注目が集まるなか、けっして満足できる内容ではなかった「フランス杯」で優勝できたことは、地力の高い証拠。大きな自信になったことでしょう。

 そして、その成長ぶりが点数になって表れているのです。紀平の演技構成点で比較すると、「NHK杯」と今回の「グランプリ・ファイナル」では、SPで約3点、FSでは5点近く伸びている。元々持っていた資質が、いままさに開花しているのか。シニアデビューのシーズンに、これだけ演技構成点を伸ばすことはなかなかできません。

この1ヵ月で、2022年北京五輪に向けた中心人物に

 14歳でトリプル・アクセルを成功させたことで、その名が知られるようになった紀平ですが、ジュニア時代はSPとFSが揃わないことが多く、大会で勝てる「強い」選手という印象は受けませんでした。それが、この短期間での急成長です。いったい紀平に何があって、いわゆる「ブレイクスルー」が起きたのか。興味は尽きません。

 今年2月の平昌(ピョンチャン)五輪では、ザギトワとエフゲニー・メドベージェワのふたりの実力が抜きん出ており、女子シングルの金メダル争いは両者の一騎打ち。残された銅メダルを、日本勢をはじめとする各国の選手たちで競い合うことになると言われて、まさしくその通りになりました。それが1年と経たないうちに、ふたりを凌駕する選手が日本から登場してくるとは…。

 今回、シニアと同時に開催されたジュニアの「グランプリ・ファイナル」では、アレクサンドラ・トゥルソワとアンナ・シェルバコワ、14歳のロシア女子が4回転ルッツに挑戦していました。彼女たちも近々シニアデビューしてきます。紀平も「どういう時代が来るのか分からない」と話していましたが、2022年の北京五輪までに何が起きるのか。まだ予想もつきません。ですが、「NHK杯」からのわずか1ヵ月で、紀平梨花がこれから北京五輪までの、4年間の女子フィギュア界をリードする存在になったことは間違いありません。

今後がさらに楽しみな坂本。宮原の不振は、紀平ショックの余波!?

 SPで3位に付けながら、表彰台を逃してしまった坂本花織ですが、大会全体を見れば、頑張りが目立ちました。もちろん平昌五輪6位の実績の持ち主ですから、このくらいできて当たり前かもしれませんが、前シーズンと較べて表現力が格段に伸びました。体型も無理なくスリムに変化しています。坂本の代名詞と言えば、そのダイナミックなジャンプでしたが、それだけに頼らない、美しい演技が身に付きつつあります。今後がさらに楽しみになってきました。

 その一方で、‘ミス・パーフェクト’と呼ばれる宮原知子があれほど大きく乱れるとは。まったく想像していませんでした。SPでは自分が滑走する直前に、同じ浜田美栄コーチに師事する後輩の紀平が、世界最高得点をマークする圧巻の演技をしていた。普通に考えれば、心穏やかではいられません。まったく影響が無かったとは言えないのではないでしょうか。

口には出さなくとも、今回の結果は相当悔しかったことでしょう。今月末には、現在4連覇中の「全日本選手権」が控えています。このままでは終われません。今回の悔しさを糧にして、黙々と燃えているはずです。どうしても注目は紀平に集まりますが、再戦の舞台となる「全日本」で、宮原がどんな巻き返しを見せてくれるのか。こちらも注目したいと思います。