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佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.⑦ さまざまな重圧をはねのけて紀平がシリーズ2連勝 ~ グランプリ・シリーズ「フランス杯」を振り返って

「NHK杯」より難しい状況のなかでの勝利、本物の強さを証明

 日本人選手初となるグランプリ・シリーズ初出場初優勝。衝撃の「NHK杯」の余韻がまだ冷めやらないなか、紀平梨花(きひら・りか)がシリーズ2連勝を達成。あの羽生結弦でさえ、ようやく今シーズンが初めてのグランプリ・シリーズ2連勝でした。それをシニア1年目の紀平が見事にやってのけたのです。

この2週間で、彼女を取り巻く環境は激変していました。「NHK杯」では、トリプル・アクセル(3回転半ジャンプ)の転倒もあってショート・プログラム(SP)5位でスタート。フリー・スケーティング(FS)では開き直って、失うモノのない強みを発揮しました。今回の「フランス杯」でも、SP冒頭のトリプル・アクセルが1回転半になってしまうミスがありました。が、「NHK杯」のときと違って、紀平は世界中から注目される存在になっていました。

しかもSPを終えた段階で、首位の三原舞依と僅差の2位。優勝を意識するなと言うほうが無理な話です。さらには、この大会の結果には12月の「グランプリ・ファイナル」進出が懸かっていたのです。プレッシャーの大きさを考えれば、ある意味今回のほうが、逆転優勝は難しい状況だったかもしれません。

紀平本人は「特に重圧は感じなかった」と言いつつも、「朝の公式練習では完璧な状態だったのに。何も跳べないと思うぐらい脚に力が入らなくなって、どうしようと思った」と明かしていました。そんななかでスタートしたFSで、着氷が乱れた最初のトリプル・アクセルと、中盤のコンビネーション・ジャンプのGOE(出来栄え点)が、マイナス評価になっただけ。最後まで大きなミスなく滑り切っての逆転勝利ですから、その実力は本物です。

16歳とは思えないほどの、気持ちの強さとクレバーさ

 「NHK杯」のときと較べると、20点近く総合得点は低くなりましたが、この大会では、また違った紀平の強さを知ることになりました。普通SP冒頭のジャンプで、規定上いきなり得点なしになってしまうほどの大きな失敗をすれば、そのショックを引きずって、あとの演技に影響が出てしまうものです。

ところが紀平は少しの動揺も見せず、何事もなかったように滑り続けました。そうした気持ちの切り替えは、なかなかできることではありません。その結果、3つのジャンプ要素のうち、ひとつが無得点でありながら、首位とわずか0.31点差にまとめてみせました。

 またFS最初のトリプル・アクセルは回転不足になりましたが、それなりに高い得点の付く小さな範囲のミスです。でも、そこで自分の調子があまり良くないのだと判断して、2つめのジャンプに予定していた「トリプル・アクセル+3回転トゥ・ループ」を、確実性の高い「ダブル・アクセル+3回転トゥ・ループ」へと、瞬時に変更してみせました。

 少し前であれば、こうした選択は「弱気になった」「逃げている」と言われたものですが、要素の難度だけではなく、質の高さが要求されるように改正された現行のルールでは、こうした氷上での応用ができなくては、優勝はできません。とはいえ今シーズンがシニアデビューの、まだ16歳です。それでいて、百戦錬磨のベテラン選手のような、こうしたクレバーさまで持ち合わせているとは…。驚かされるばかりです。

 そして、もうひとつの紀平の強みとして、私が指摘しておきたいのは、ルッツとフリップの使い分けが、完璧にできるところです。どちらも同じ右足のトゥをつき、左足で踏み切るジャンプですが、ルッツの踏み切りには左足のアウトサイド(外側)のエッジを使い、フリップではインサイド(内側)のエッジを使う違いがあります。じつは女子には、この使い分けが曖昧になる選手が少なくありません。ですが、紀平はアクセルに次いで基礎点の高い、このふたつのジャンプをじつに正確に跳び分けており、今シーズンここまで、まったくミスがないのです。

 今回は予定していた3本のトリプル・アクセルのうち、着氷したのは回転不足になった1本だけ。最大の武器が完全に決まらないなかでの優勝になりました。ですが、そのことがかえって、紀平梨花がトリプル・アクセルだけの選手ではないことの証明になりました。

三原には痛恨だった最後のジャンプミス

 伸びやかなスケーティングを披露。自身初のグランプリ・シリーズ表彰台となった三原舞依でしたが、SPを首位でスタートしていただけに、FSの最後に予定していた3回転サルコゥが2回転になってしまったことが悔やまれます。

 優勝した紀平との点差はわずか3.11でしたから、予定通り3回転サルコゥを成功していれば、三原が表彰台の頂点に昇っていたかもしれません。そうすれば、三原も「グランプリ・ファイナル」に出場できていたのです。

2年前に初出場した「スケート・アメリカ」で3位になったあと、グランプリ・シリーズでは4試合連続で4位に終わっていただけに、試合後に流した涙の理由を、本人は久しぶりに表彰台に立てた喜びだと説明していましたが、もしかすると優勝できなかった悔しさを覆い隠していたのかもじれません。

 四大陸選手権での優勝をはじめ、大舞台を何度も踏んできた経験を活かして、笑顔や表情ひとつで感情が伝わる、全体的に大人の演技になってきました。次の目標は12月の「全日本選手権」になるでしょう。国内大会とはいえ、今シーズンの日本女子選手の充実ぶりを考えれば、今回以上にハイレベルな争いが予想されます。この悔しさや反省を糧に「全日本」に向けて、よい調整をしていって欲しいと思います。

 6位に終わった本田真凜でしたが、ひじょうに不甲斐なかった「スケート・アメリカ」のときと較べたら「一歩ずつよくなっている」と、本人も手応えを掴んだ様子でした。それでもまだ、誰もが認める恵まれた才能を、存分には発揮し切れていない印象です。

活動の拠点をアメリカに移した初めてのシーズン。今回初めて表彰台を逃したエフゲニア・メドベージェワ(ロシア)同様、練習や生活の環境に慣れるまで大変だったと思います。日本にいたときより、間違いなく練習時間は増えたはずです。ジャンプの跳び方から見直すなど、新しい挑戦を取り組んでいるそうですが、彼女の持っているポテンシャルからすれば、こんな順位で前後していて良い選手ではありません。

日対ロの「グランプリ・ファイナル」。打倒ザギトワの最右翼は紀平

これでグランプリ・シリーズ全6戦が終了。シリーズ成績上位6選手で争われる「グランプリ・ファイナル」の女子シングルには、宮原知子、紀平梨花、坂本花織、アリーナ・ザギトワ、エリザベータ・トゥクタミシェワ、ソフィア・サモドゥロワの出場が決定しました。

日本女子の3選手出場は10年の、村上佳菜子、鈴木明子、安藤美姫以来8年ぶりだそうです。今回は奇しくも日本とロシアから、それぞれ3選手ずつと、日・ロ対抗戦のような構図となりました。

 いまから40年ほど前には「日ソ親善フィギュア」といった大会が開催されていたのですが、なにせソ連時代の話ですから。いまのフィギュア・ファンの方には、ピンと来ないでしょうね(苦笑)。

 最大の注目は、平昌(ピョンチャン)五輪金メダリストのザギトワを、いったい誰が止めるのか、になります。その最有力候補は紀平梨花でしょう。ザギトワの上を行く(つまりは世界一になる)ためには、やはりトリプル・アクセルをしっかり決めることが条件になります。

 今回はSPでのトリプル・アクセルには力が入り過ぎており、FSでは少し軸が曲がっていました。ですが、どちらも「ファイナル」までの2週間のうちに修正が効く範囲の失敗で、それほど深刻になる必要はないと思います。

 ザギトワと紀平は、同じ02年生まれの16歳。ですが、7月21日が誕生日の紀平のほうはISU(国際スケート連盟)が定める年齢制限によって、平昌五輪には出場できませんでした。今回がシニアで初の直接対決になります。現在世界最高得点がザギトワの238.43。それに次ぐのが紀平の224.31。真っ向勝負が期待できそうです。