佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.⑥ ~ グランプリ・シリーズ「ロシア大会」を振り返って
世界最高のショートの翌日、まさかの負傷
あの自分に厳しい羽生結弦をして「ノーミスと言っていい。この構成では、ほぼマックス」と振り返るほどの完璧な出来で、ショート・プログラム(SP)では自身の世界最高得点を更新。この調子なら、新ルール初の総合300点超えをするのではと期待していたのですが…。まさかの落とし穴が待ち受けていました。ちょうど1年前の「NHK杯」でのアクシデントを、多くの人が思い出したことでしょう。あのときは大会前日の公式練習中に4回転ルッツで転倒して、右足首の関節外側靱帯を損傷。平昌(ピョンチャン)五輪までに完治しなかったほどの重傷を負いました。
じつは今回の転倒の様子や足首の捻り具合を見た当初、私は「あのときと較べれば、そこまで大きなケガではないのでは」といった印象を受けていました。ですが、試合後の本人によると「3週間の安静」を要すると診断されていたとのこと。古傷と言うのか、前回の負傷で靭帯が弛んでしまった影響で、思った以上にダメージは深刻でした。それでも「たどっていくと、自分のスケートのルーツ」と言うくらいロシアは特別な場所。そして「Origin」と題した今シーズンのフリー・スケーティング(FS)のプログラムは、憧れであるエフゲニー・プルシェンコの代表作「ニジンスキーに捧ぐ」の曲を使用。言わばオマージュです。そのプルシェンコの祖国ロシアで開催された大会だったことが、痛み止めを服用してまで強行出場に踏み切った最大の理由でしょう。
FSの得点は167.89と、第3戦「フィンランド大会」の190.43点には遠く及びませんでしたが、2位のモリス・クビテラシビリ(ジョージア)には、約30点差をつけての優勝。この結果、自身初となるグランプリ・シリーズシーズン2連勝、日本男子史上最多の10勝目。羽生は新たな勲章を手にすることになりました。
効果的だった演技の再構成。驚きの3回転ループ
足の状態と相談しながらの、演技構成の練り直しを迫られるなか、本来は最初のジャンプに4回転ループ、ふたつめは4回転サルコゥの予定だったところを、負傷の原因となったループを外して、4回転サルコゥ、4回転トゥ・ループへと、それぞれ基礎点の低いジャンプに変更しました。それでいながら見事な出来栄えによって、13.30、13.84の高得点。FSの技術点が78.25でしたから、最初の2つのジャンプだけで、じつにその1/3以上を稼いだことになります。
前回‘世界初’と大きな話題になった「4回転トゥ・ループ+トリプル・アクセル」も回避しました。あのジャンプ・シークエンスを成功させるには、トゥ・ループを右足で着氷してから、アクセルを踏み切るために左足に乗り換えるときに、前へ進むため右足で思い切り氷を押し出さなくてはなりません。右足首の状態を考えれば、これも賢明な判断だったでしょう。そうした試行錯誤のなか、後半に組み込んでいた3回転ループをそのまま跳んだことには、驚かされました。その日の朝に、4回転ループで転倒して負傷したのです。当然ループには嫌なイメージが残っていたはず。それでも、いつもと変わらない、加点の付く3回転ループを跳んでいました。
言い方を換えると、それくらい同じループであっても、4回転と3回転とでは、まるで別物のジャンプなのです。1回転増やそうと思えば、それだけ高く速く跳ばなくてはなりません。足に掛かる負担も大きくなります。回転ひとつではありますが、跳ぶ側の感覚からすると、雲泥の差があるのです。さすがに演技終盤になると、トリプル・アクセルで転倒したり、最後のジャンプがシングル・アクセルになってしまったりと、負傷の影響が色濃く出ていましたが、松葉杖が手放せないあの足の状態で、よくあそこまでの内容に整えたものです。
大会後には、12月7日からの「グランプリ・ファイナル」に向けて「全力で治療する」とのコメントが発表されました。が、いくら昨シーズンの経験があるとはいえ、「3週間の安静」が必要なのであって、全治3週間ではありません。本格的なトレーニングの再開は、さらにそのあとになるのです。逆境に置かれたときほど、簡単に引き下がらないあたりは「羽生結弦らしいな」と思いますが、ひとりのフィギュア界の先輩としては、ここで選手寿命を犠牲にするような真似はして欲しくありません。たとえ休養、欠場したとしても、世界中のフィギュア・ファン、羽生ファンは理解してくれることでしょう。
世界5位の地力をみせた友野一希。羽生、宇野のあとに続けるか
3週間前の「スケート・カナダ」では、SPでの出遅れを取り戻すことができなかった友野一希でしたが、今回は同じ轍を踏まずに自己ベストをマークして、グランプリ・シリーズ初の表彰台。しっかり存在感を示してくれました。羽生結弦の欠場と無良崇人の引退による、繰り上げで出場した今年3月の「世界選手権」では5位と大健闘。今シーズンの「3枠」確保に大いに貢献してくれたのが友野です。今回の結果によって「世界選手権」がフロックではなかった。その実力は本物だと、世界が認めてくれたはずです。
顔つきにはまだ少年っぽさが残りますが、演技になると「やってやるぞ」といった気合や気持ちが表に出てくる。私の好きなタイプです(笑)。思い返せば、現在友野を指導している平池大人コーチも、現役時代はそういったタイプの選手でした。友野の武器は4回転サルコゥをキチンと跳べることです。ですがこの先、羽生結弦と宇野昌磨、ふたりのオリンピック・メダリストに追いつくためには、やはり4回転ジャンプが1種類だけでは足りません。そのことは友野本人も自覚しており、すでに4回転トゥ・ループの練習を始めていると聞きます。
羽生と宇野があまりに突出していて、ふたりに続く人材がなかなか見当たらないのが、日本男子の現状です。もし友野が2~3種類の4回転ジャンプを使いこなせるようになれば、もう一段高いレベルでの戦いができる。それだけのポテンシャルを持った選手だと思います。ふたりと互角に渡り合う。そんな日が早く来ることを期待しています。