佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.⑤ 16歳紀平梨花が、グランプリ・シリーズ初出場初優勝 ~ 「NHK杯」を振り返って
感動すら覚えた紀平のフリー
40回目を迎えた今年の「NHK杯」。紀平梨花(きひら・りか)が披露したフリー・スケーティング(FS)は、その記念大会にふさわしい。この先何年経っても語り継がれるような素晴らしい演技で、感動すら覚えるような4分間でした。日本人選手のグランプリ・シリーズ初出場初優勝は、男女通じて初めての快挙だったそうですが、コンビネーションと単独の2本のトリプル・アクセルを完璧に決めた上で、スピン、ステップもすべて最高評価のレベル4。9人のジャッジ(演技審判)全員がGOE(出来栄え点)でマイナス評価をひとつも付けずに、今シーズンから導入された「+4」「+5」をズラリ。学校の通信簿だって、こんなに4や5は並ばないというくらい(笑)。
もしショート・プログラム(SP)冒頭のトリプル・アクセルで転倒していなかったら、今シーズンの世界最高得点も狙えた可能性もありました。ですが、SPのミスの反省があったからこそ、あれほどのFSができたとも言えます。というのは、去年11月の全日本ジュニア選手権でも、紀平はSPでミスを連発。6位と出遅れたのですが、FSではいきなり「トリプル・アクセル-3回転トゥ・ループ-2回転トゥ・ループ」の3連続ジャンプの大技を成功。やはり大逆転優勝していたのです。追い込まれると強いタイプなのか。勝負度胸を感じさせます。
トリプル・アクセルは男子選手と遜色なく
彼女は並外れた身体能力と運動神経の持ち主です。そうした資質と豊富な練習量に裏打ちされたジャンプには、高さ、回転の速さ、幅、空中姿勢と、加点の付く要素が揃っています。そもそもトリプル・アクセルのできる女子選手は限られていますし、跳躍の前には「せーの、さぁこれからアクセルを踏み切ります」といった動きになるのが普通です。簡単に跳べるジャンプではないのです。 ところが紀平の場合、そうした事前の動作がありません。短いアプローチから、淀みなくトリプル・アクセルを決めてみせるのです。あまりに自然な流れのため、うっかりすると「いまのダブル・アクセルだった?」と見間違えてしまうほどです。だからこそ3回転トゥ・ループを、コンビネーションのセカンド・ジャンプに持ってくることができるのです。これは男子のコンビネーションです。いまシニアの女子で、これだけのトリプル・アクセルをこなせる選手は、ほかにいません。男子選手と遜色ない加点が付くのも納得です。 スピンやステップも、シニア1年目とは思えないくらい、しっかりできています。ジャンプだけの選手ではないところも頼もしい。今回の優勝で「グランプリ・ファイナル」出場も、現実的な目標になってきました。
課題をあげるなら、安定感を身に付けることです。キャリアがあっても、SPとFSが揃わない選手は大勢います。まだ16歳の彼女にはハードルの高い要求だと思います。ですが、紀平が安定して、両方を揃えられるようになれば、合計3本のトリプル・アクセルで勝負できるのです。そうすれば、アリーナ・ザギトワ、エフゲニア・メドベージェワ、ふたりの五輪メダリストと対等に渡り合って、世界女王の座を争っていける。それだけのポテンシャルの持ち主です。グランプリ・シリーズ最終戦の「フランス杯」では、早速メドベージェワとの直接対決が待っています。彼女たちの切磋琢磨が、シニアの女子フィギュアをまたひとつ高いレベルへと押し上げてくれる。そんな期待を抱かせます。
どんなときも、いま持てる力を最大限に出し切る宮原知子
同じ浜田美栄コーチに師事する後輩の紀平に、大逆転を許した宮原知子ですが、SPはノーミスでしたし、FSも内容はまったく悪くありませんでした。痛かったのは、2本の3回転ルッツがどちらも、正確なエッジの使い方をしているのか疑わしいとされたこと。そしてFS後半のダブル・アクセルと、コンビネーションの2回転ループが回転不足になってしまったことです。 回転不足に関しては、第1戦の「スケート・アメリカ」では完璧に克服できていただけに、悔しさが一層募ったことでしょう。ジュニア時代から抱える課題に、再び泣かされる形となってしまいました。それでも、今シーズンの宮原のジャンプには、良い意味でフワッと浮く感じがあります。元々ジャンプには高さの出ない傾向があったのですが、しっかりと宙に上がっており、かなりの改善が見られます。「スケート・アメリカ」で優勝したときの宮原のスコアが合計219.71点で、2位に終わった今回の「NHK杯」が219.47点と、違いはほとんどありませんでした。言い換えれば、宮原はいつもと変わらず、持てる力を最大限に出し切っていたのです。このコーナーでたびたび言及していますが、そうした彼女の全力でひたむきな姿勢を、すべてのフィギュア・スケーターがお手本にすべきです。
これで4シーズン連続のファイナル進出となりました。スポットライトこそ紀平に譲りましたが、宮原もまた日本女子フィギュア界のエースの称号にふさわしい、素晴らしい演技をしてくれたことに違いありません。