佐野稔の4回転トーク 18~19シーズン Vol.① 格の違いを見せた宇野昌磨が逆転優勝。15歳山下真瑚が2位デビュー ~ グランプリ・シリーズ第2戦「スケート・カナダ」を振り返って
3種類の4回転ジャンプで、宇野が逆転優勝
ショート・プログラム(SP)では、得意技のはずのトリプル・アクセルが、本人が「練習を跳べていたという油断した気持ちが踏み切りに出た」と話す、高さの足りない中途半端なジャンプになって転倒。まさかの2位スタートとなった宇野昌磨でしたが、フリー・スケーティング(FS)では4回転ジャンプを次々と着氷。終わってみれば、地元カナダのキーガン・メッシングに10点以上の大差をつけての「スケート・カナダ」連覇となりました。
冒頭の4回転サルコゥこそ回転不足になりましたが、やはり勝因は3種類の4本の4回転ジャンプで、しっかりと得点を積み重ねたことです。3連続ジャンプではリンクに手を着き、サルコゥ+トゥ・ループの連続3回転では転倒と、終盤のコンビネーション・ジャンプでミスが続きましたが、このあたりは本格的なシーズンがまだ始まったばかり。大きな問題ではないでしょう。これからどんどん実戦を交えてプログラムを滑り込んでいけば、解決していくはずです。難度の高い4回転フリップをSP、FSのいずれも、大きな加点の付く内容で成功させるなど、演技全体で見れば宇野らしい演技ができていたように思います。
今シーズンから男子FSの演技時間が4分30秒から4分に短縮されて、8本だったジャンプが7本になる。4回転ジャンプの基礎点が引き下げられるなどの、大きなルール変更がありました。これまで7段階だった出来栄え点(GOE)も11段階へと拡大されましたが、その影響なのでしょうか。新シーズンが始まってから、ひじょうに目に付くのが、ジャンプの回転不足です。率直に言って、判定がかなり厳しくなっている印象です。大会の国内外を問わず、よほど完璧に回らないと、軒並み回転不足を取られてしまうとの声が、あちこちから聞こえています。こうした現状を踏まえて、選手たちがこれからのシーズンを、どのように対応していくのかにも注目です。
ジュニア時代から変わらない、質の良いジャンプを見せた山下
「スケート・カナダ」最大の驚きは、山下真瑚いきなりの表彰台です。シニアのグランプリ(GP)シリーズ初出場での2位というのは、05年の浅田真央と15年の宇野昌磨に並ぶ、日本勢最高位だったそうです。今年4月に、中京大中京高に入学した15歳。1位のエリザベータ・トゥクタミシェワ(ロシア)との点差は、わずか0.26。総合200点超えを達成しての堂々たる銀メダルでした。
彼女は宇野昌磨と同じ、山田満知子・樋口美穂子コーチの門下生で、昨シーズンの世界ジュニア選手権で3位に入ったほどの実力の持ち主ですが、全日本ジュニアやジュニアのGPシリーズといった主要大会で、じつは優勝したことがありませんでした。そのため山下と同じ学年で、14歳でトリプル・アクセルを成功させた紀平梨花の、陰に隠れる形になっていたように思います。ですが、今回の活躍によって、山下真瑚の名は一躍世界じゅうのフィギュア・ファンに浸透したことでしょう。
山下の長所は何と言っても、ジャンプの質の良さです。ひじょうに高さがあってダイナミックなのです。そのジュニア時代の持ち味をそのまま、シニアの大舞台でも発揮してみせました。出来栄え点でマイナス評価になったジャンプは、SP、FSそれぞれひとつだけ。ほぼノーミスだったのですから、たいしたものです。
それでいてスケーティングのほうは、ジュニア時代より全体的にレベルアップしていました。試合後のインタビューの様子などは、いかにも15歳といった不慣れであどけない口調でしたが、氷上で表現したものはひじょうに大人っぽかった。FSでは最終滑走だったのに、重圧などは感じていないよう。シニアで何年も戦ってきた先輩選手や世界女王に囲まれても、まったく遜色のない滑りができていました。ファイナル進出も夢ではありません。
SPでは2位に位置しながら、FSで失速。総合6位に終わった樋口新葉(わかば)は、正直あまり良いコンディションではありませんでした。樋口にとっての今シーズン開幕戦となった9月の「オータム・クラシック」でも、公式練習中に右脚を攣ったそうですが、彼女が本来持っているはずのスピード感に欠けていて、3回転を予定していたジャンプが2回転になったり、回転不足になったりしてしまいました。
大会後、右足甲が疲労骨折の寸前で、相当な痛みを抱えていたことが報道されていますが、演技時間が2分40秒のSPではどうにか隠し切れても、4分のFSとなると、ごまかしが利きません。状態の悪さがそのまま、演技に映し出されてしまいます。それがフィギュア・スケートの怖いところです。樋口が次に出場を予定しているGPシリーズは、11月第3週のロシア大会になります。それまでの約2週間で、どこまで回復できるかが、巻き返しの鍵になります。
14歳の4回転ジャンパーが台頭。逸材が次々に現れるロシア女子
フィギュア・ファンのみなさんでしたら、すでにご承知のように、エフゲニー・メドベージェワ(ロシア)は今シーズンから練習拠点をカナダに移し、羽生結弦を指導するブライアン・オーサーのもとで、再出発を図っています。その本格スタートとなったこの大会のSPで、これまで見せたことのないような大失敗。思わずオーサーコーチも頭を抱えたかもしれません。
それでもFSではきっちりとトップのスコアを出して、総合3位に浮上するあたりは、さすがと言うほかないのですが、新しい環境や指導法に順応するには、相応の時間が必要だったでしょう。体形の変化も見受けられました。何より今シーズンは、五輪の翌シーズンなのです。次の五輪はまだ4年も先の話。これは何もメドベージェワに限った話ではなく、心を持った人間がやっている以上、昨シーズンと変わらない緊張感を持って…というのは、やはり難しいものなのです。
そんななかで、自身4シーズンのGPシリーズ優勝となったのが、エリザベート・トゥクタミシェワです。彼女はいまから7年前の14歳のときに、今回と同じ「スケート・カナダ」でGPシリーズ初出場初優勝。衝撃のシニアデビューを飾ったものの、その後体重の増加に苦しみ、ソチ五輪は代表漏れ。それが14~15シーズンに1度復活、GPファイナルと世界選手権の頂点に立ちます。ところが、翌シーズンからは相次ぐケガにも悩まされ、メドベージェワと平昌五輪金メダリストのアリーナ・ザギトワが鎬を削るなか、再び低迷の時期に陥っていました。 これ以上ないほど、浮き沈みの激しいスケート人生を送ってきた選手ですが、ポテンシャルは一級品。見事2度目の復活劇となりました。なにせ彼女は女子フィギュア史上6人目のトリプル・アクセル成功者なのです。新世代のジャンパーたちの台頭も刺激になったのかもしれません。
シニアよりひと足早く開幕したジュニアのGPシリーズは、すでに全7戦が終了。12月のファイナルに出場する男女各6選手が決定したのですが、女子は6選手中5選手がロシア勢。そのなかには、すでに2~3種類の4回転ジャンプを跳びこなすアレクサンドラ・トゥルソワや、ロシアの国内大会ながら、1度のプログラムで最高難度の4回転ルッツを2本成功させたアンナ・シェルバコワといった、とんでもない14歳がいるのです。 そして、彼女たちの指導にあたっているのが、メドベージェワ、ザギトワを育てたのと同じ、エテリ・トゥトベリーゼコーチです。彼女の厳しいコーチングは、平昌五輪のときに日本でもよく紹介されていたので、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。
「スケートアメリカ」での宮原知子、坂本花織、そして今回の山下真瑚と、日本女子のGPシリーズ連続表彰台となりましたが、逸材が次々に現れるロシア勢を見ていると、そんなにウカウカはしていられません。