ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(232) 東京2020大会に向けた強化拠点が誕生。さて、その先は?

アスリートが試合でより良い結果をだすために、最も大切で不可欠なことは、もちろん、練習です。でも、パラアスリートの中には、やる気はあっても、練習環境に恵まれない選手も少なくありません。

「競技用車いすだと、体育館の床に傷がつく」「障害があって危ないので、1人でのジムの利用はお断りしています」などといった、施設側の理由があります。一方、選手からも、「施設がバリアフリーではないので使えない、使いにくい」といった悩みの声も聞かれます。

そんな選手たちを喜ばせているのが、6月1日にお披露目され、すでに運用がスタートしているパラスポーツ専用体育館「日本財団パラアリーナ」です。東京2020大会の選手村からも近い東京・お台場の船の科学館敷地内(品川区)にあります。日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)が日本財団から助成金を受け、昨年末に着工し、約8億円をかけて完成。すでに多くのアスリートが利用し、好評のようです。

東京・お台場に完成した、パラスポーツ専用体育館「日本財団パラアリーナ」 (撮影:星野恭子)

どんな施設かというと、「パラアリーナ」は地上1階建ての鉄骨造りで、延べ床面積は約3000平方メートル。メインフロアは約2000平方メートルで、バスケットボールコートがゆったり2面とれる広さです。フィットネスマシーンが並ぶトレーニングルームも併設されています。また、ミーティングルームや医務室、器具庫や事務所、駐車場も完備されています。

施設全体にもユニバーサルデザインが採用され、選手の使いやすさを最優先にした設計になっています。例えば、トイレや更衣室のバリアフリーはもちろん、ドアには競技用の車いすでも通行しやすいようにスライド扉が多用され、シャワールームも車いすのまま入れる造りだそうです。屋内のカラーリングも視覚障害の選手の視認性や空間認知を考えたコントラストの高いデザインになっています。

課題の一つだった体育館の床は特殊なワックスを二度塗りするなど車いすでも傷がつきにくい仕様になっているそうです。さらに、予めウィルチェアーラグビーやゴールボールなどのラインが引かれていたり、マークが付けられていたりして、練習しやすい環境が整えられています。これは練習時間の確保や人材の効率などからも、重要です。

例えば、ゴールボールのコートは視覚障害の選手が位置や方向を確認できるよう、ラインの下にはタコ糸が仕込まれているのですが、これを練習前に毎回準備するのは大変です。また、高さ1.3メートル、横幅9メートルのゴールネットも選手が頻繁に触り、寄りかかるので、簡単に倒れないよう、かなり重量があります。1台運ぶのに最低3人は必要ですし、時間もかかります。コートを作り、片づける時間が短縮できれば、それだけ練習時間にあてられます。

このアリーナを利用できるのは、東京パラリンピックの正式競技の競技団体や競技団体所属のクラブチームや個人と、パラサポが認めるパラスポーツの普及啓発に携わる団体に限られますが、事前登録と予約をすれば、無料で使用できます。

パラアスリートの使い勝手を考えたパラアリーナ、選手からも好評です。例えば、パラ・パワーリフティングのパラリンピアンで愛知県在住の大堂秀樹選手は、これまでは練習場所の中心は自宅に設置したベンチプレス台だったと言いますが、パラアリーナでの強化合宿に参加して多くの強化指定選手と練習する機会が増えたことで、「互いに刺激し合い、情報交換できるようになり、(競技)レベルの向上を実感している」と言います。

また、7月中旬に行われたパラ・パワーリフティングの強化合宿に台湾から特別参加していた、パラリンピック金メダリストのリン・ツーフイ選手(女子79kg級)も、「(パラアリーナ)は素晴らしい環境で、いい練習ができています。台湾にはこのような(パラアスリート専用の)施設はなく、日本の選手が羨ましいです」と話していました。

パラ・パワーリフティングで台湾のエース、リン・ツーフイ選手(女子79kg級)。アテネ、北京パラリンピックで金メダル、リオでは銅メダルを獲得。「東京2020大会では、金メダルを獲りたい」(撮影:星野恭子)

ただし、パラアリーナの運用は、東京2020大会終了後の2022年3月までの期間限定の予定になっています。運営するパラサポの活動期間に合わせての設定ということで仕方ないことなのですが、残念です。

東京・北区にある「味の素ナショナルトレーニングセンター」では今、道をはさんだ南東側に新たな施設の増設工事が行われていて、2019年夏頃には完成予定ですが、こちらはトップアスリート中心の利用となります。

ようやく高まってきたパラスポーツへの関心や普及が東京2020大会後にも継続できるためには、パラアリーナのようなパラアスリートが気軽に安心して使える施設がもっと各地に広がっていくことが大切です。パラアリーナの完成は喜ばしいことではありますが、一方でパラスポーツを取り巻く課題を改めて浮き彫りにしたように感じます。

パラアリーナは見学や視察なども受け付けているそうです。パラアスリートに優しい設計は、誰にとっても優しい施設になります。その設備や仕様を参考に、「第2」「第3」のパラアリーナ誕生を願わずにはいられせん。

(文・取材:星野恭子)