「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(224) 過酷だからこそ、懐深く、挑戦しがいも大!? 選手をひきつけるパラトライアスロンの魅力
近年、人気が高まり、競技者も増えているトライアスロンですが、実は、障害のある選手を対象とする「パラトライアスロン」も、2016年リオ大会から正式競技にもなり、選手層が年々、厚くなっています。
トライアスロンは1970年代にアメリカ・カリフォルニア州で生まれた、Wスイム、バイク、ランの3種目を一人でこなす過酷な競技。だからこそ、「挑戦しようとする人は誰でも歓迎」という精神が貫かれており、80年代にはすでに、障害のある選手の参加も受け入れ、一般選手に混じって大会に出場する選手が見られたそうです。日本人のなかにも、ハワイ・アイアンマン(鉄人)レースを数回完走した義足選手もいます。
そんなふうに、懐の深いトライアスロン。そのうち、障害などを考慮したパラ種目としてもルールが整備され、オリンピックのちょうど半分となるスイム(750m)、バイク(20km)、ラン(5km)の計25.75kmで競うパラトライアスロンが生まれました。
他のパラ競技同様に、障害の内容や程度に応じた「クラス」別で競います。現在の国際ルールでは障害種別に車いす、立位、視覚障害の3つに大別され、さらにそれぞれの程度に応じて、PTWC1~2、PTS2~5、PTVI1~3の9クラスに分かれます。
視覚障害クラスの選手は、同性のガイド1人が3種目をサポートする。写真は、イタリアのA.バルバロ選手(全盲) (撮影:星野恭子)
距離は短いとは言え、過酷さには変わりがありません。でも、3種目の総合力を問われる競技ということもあり、トライアスロンは比較的、他競技からの転向や、いわゆる「二刀流」の選手も多いように思います。得意種目を活かしながら、さらにチャレンジを広げていくイメージでしょうか。
ゴール前でラストスパートする、佐藤圭一選手。ノルディックスキーとの“二刀流”選手 (撮影:星野恭子)
例えば、リオパラリンピックに出場した日本代表4選手のうち、木村潤平選手(PTWC1/車いすクラス)は水泳で、佐藤圭一選手(PTS5/上肢障害)はノルディックスキーで、パラリンピック出場経験があります。秦由加子選手(PTS2/大腿切断など)は水泳から、山田(現・円尾)敦子選手(PTVI2)はマラソンから、転向してきた選手です。
右大腿切断の秦由加子選手。スイムは義足を外して泳ぐルールなので、スタート地点までは杖をついて向かう (撮影:星野恭子)
5月12日に、横浜・山下公園周辺の特設コースで行われた「ITU世界パラトライアスロンシリーズ横浜大会」エリートの部には国内外から世界トップランカーを含む、70名の選手が参加しましたが、立位女子(PTS4)を制した谷真海選手も陸上・走り幅跳びのパラリンピアンから転向。昨シーズンから本格的に参戦し、勝利を重ねています。
また、車いす女子で優勝した土田和歌子選手(PTWC1)は車いすマラソンの世界記録保持者であり、世界の頂点も極めたトップランナー。リオパラリンピック後に運動性喘息の治療で水泳を始めたことをきっかけに「マラソンの強化」としてトライアスロンにも挑戦し始めたのですが、なんと今年1月、陸上からの完全転向を表明しました。
スイムを終え、ハンドサイクルに乗り換える土田和歌子選手。車いすクラスの選手は、ハンドラー(右)のサポートを受けられる (撮影:星野恭子)
横浜では、キャリアの浅いスイムで6位と出遅れたものの、手で漕ぐハンドサイクルを使うバイクパート、そして、専門である競技用車いす(レーサー)で走るランパートでは圧倒的な強さを見せて逆転。
「できないことがまだたくさんある。だからこそ、自分の可能性を広げていけると思うし、そこにチャレンジしたい」と意気込む土田選手。スイムの経験が増えれば、鬼に金棒でしょう。
もちろん、海外選手にも転向や二刀流選手は少なくありません。例えば、今年、横浜大会に初参戦したアメリカのブラッド・スナイダー選手(PTVI1)もその一人。ロンドン、リオとパラリンピックで連続金メダルを獲得しているトップスイマーです。
ガイドとともに走る、全盲のブラッド・スナイダー(アメリカ)。水泳のパラリンピック金メダリストでもある (撮影:星野恭子)
1984年生まれの彼は大学卒業後、米国海軍に入隊すると、アフガニスタンに派遣されます。2011年、爆発物処理の任務中に他の爆発で負傷した兵士を救援していて新たな爆発に遭い、両眼とも失明します。頰には裂傷を負い、鼓膜も破れるなどの重傷でしたが、リハビリでスポーツに取り組み、翌年に出場したロンドンパラリンピックで世界の頂点に立った不屈のチャレンジャーです。
水泳は子どもの頃から取り組み、大学水泳部ではキャプテンも務めていたようですが、まだ始めたばかりというトライアスロンで、横浜大会では5位で完走。「僕にとってトライアスロンは新しい競技なので、5位という順位には満足。経験を積んで、少しずつ上がっていきたい」と意欲満々です。
トライアスロンに挑む理由を問われ、「水泳では金を獲ったので、また新たなチャレンジをしたいと思ったのです。常に進化を求めることが好きだから。トライアスロンではまだ努力が必要です。そうしていつか1位になれたら。それに、水泳はコースを行ったり来たりするだけですが、トライアスロンのコースは広く、変化があって楽しい」と、その魅力を語ってくれました。
気になる2020年東京大会については、「水泳のほうが出やすいと思いますが、トライアスロンでも目指したいですね。かなり難しいチャレンジだとは思いますが」と控えめでしたが、手応えありの表情。2年後が楽しみです。
こんなふうに、飽くなき挑戦心にあふれるトライアスリートたち、これからも注目したいと思います。今季は9月にオーストラリア・ゴールドコースで開かれる世界選手権出場を目指し、世界各地でのワールドカップなどを転戦したり、また、国内の一般大会で経験や駆け引きを磨いたり、選手はそれぞれの戦略で強化を図ります。ぜひ、応援ください!
(文・写真:星野恭子)