ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.⑲ 宇野の意地、友野の躍進で、来シーズンの「3枠」を確保 ~「世界選手権・男子シングル」を振り返って

まったく予想していなかった友野の大躍進

大本命だったはずの宇野昌磨が右足甲を傷めたことで、女子同様、男子のほうも波乱続きの大会になりました。なかでも最大のサプライズだったのが、友野一希の大健闘です。大会前の段階は、来シーズンの大会出場権の「枠獲り」について、田中刑事の頑張りに期待。ただ、宇野の足の状態を考えると「3枠」は難しいのではないか。そんな予想がもっぱらでした。それが、有力選手たちがバタバタと乱れるなか、世界選手権初出場の友野はショート・プログラム(SP)、フリー(FS)揃って自己ベストの得点を更新する会心の滑りをやってのけました。男子の「3枠」が確保できたのは、友野のおかげ。そう言えるくらいの大躍進でした。

シニアデビューとなった今シーズン、初のGPシリーズとなったNHK杯にしても、4位だった全日本選手権にしても、正直大きなインパクトは残せていませんでした。全日本ジュニアの優勝者とはいえ、シニアではまだまだといった感がありました。本人も壁にぶつかっていたかもしれません。今回の世界選手権は、羽生結弦の負傷欠場と無良崇人の引退による、繰り上げ出場でした。ノーマークだったのも当然です。ところが、友野はいまの自分にできること、やるべきことをやり遂げて、めぐって来たワンチャンスを見事モノにしてみせました。

彼の最大の魅力は、観る者に届けるアピール力ではないでしょうか。エキシビションでは明るく楽しい個性を発揮してくれます。ジャンプにもキレがありますし、何よりひじょうに大きな伸び代があります。サルコゥ1種類の4回転ジャンプで、並み居るジャンパーたちを打ち負かしての5位ですから、本人も相当な自信になるはずです。今回世界が友野一希を認知しました。彼を取り巻く環境や、周囲の見る眼が間違いなく変わります。

平昌(ピョンチャン)五輪で、金、銀のメダルを獲得。日本の男子フィギュアが絶頂期を迎えているのは確かですが、その一方で羽生結弦と宇野昌磨の2トップと、それ以外の選手との差は大きく空いていました。ふたりに続く人材がなかなか見当たらなかったなかで、友野の台頭はひじょうに心強い。年齢は宇野昌磨の1歳下です。良い刺激になるでしょう。

友野が羽生、宇野の牙城に迫るためには、まず4回転ジャンプの種類を増やす必要があります。ただ、彼の跳ぶ4回転サルコゥからは、そもそも持っている運動能力の高さがうかがえます。2~3種類の4回転を跳びこなせる素材だと思います。今回の結果を受けて、友野自身が気持ちを新たにしていました。羽生、宇野の「2強」時代を、「3強」あるいは「群雄割拠」の時代に塗り替えていくような、今後の活躍を期待します。

苦境のなか、勝ち獲った宇野の銀

本人はなかなか口にしませんが、宇野昌磨の痛みは相当だったのではないでしょうか。本来の構成では4回転フリップだったSP冒頭のジャンプを、3回転トゥ・ループに変更していましたが、フリップは右足のつま先で氷を蹴って跳び上がります。右足甲を痛めている状態では、最も困難なジャンプです。状態の悪さがうかがえます。

FSでは「もう痛みはなくなっていた」と難度を落とすことなく、通常のジャンプ構成に戻していましたが、前半の4回転ジャンプはことごとく失敗。なんとか演技時間の4分30秒を持たせるようと必死な様子でした。ですが、残り時間の見えてきた演技終盤「これがシーズン最終戦。足がどうなっても構わない」と開き直ったのでしょうか。それとも五輪銀メダリストのプライドなのか。「枠獲り」への責任感なのか。ただ単に負けず嫌いの意地なのか。最後の最後にコンビネーション・ジャンプを3連発。一気に得点を稼いでみせました。

なんでも平昌五輪のFSでスケート靴が壊れてしまったため、シューズを新調したところ、その影響で足を痛めたのだと聞きました。すべて革製だった私の時代と違い、現在トップ・スケーターが履くようなシューズは、芯になる部分が特殊なプラスチックでつくられています。そこに熱を加えて、ある程度柔らかくなったところに、靴ひもをグッと結んだ状態で足を入れます。そうやって足型の形状を記憶させたところで再び冷やして、その選手の足に合わせた一点物のシューズにしていくのです。ですから、通常は1週間程度で足に馴染むものなのですが、それでも合う合わないはあるのです。今回は五輪からの試合間隔が短かった分、できるだけ早く馴染ませようとハードな練習を重ねてしまい、右足に限度を超える負荷がかかったのかもしれません。

FSの演技が終わった瞬間、決めのポーズで静止できないほど、疲れ切っていました。(宇野本人は認めていないようですけど)涙がこぼれ落ちたのは、悔しさばかりではなく、最後まで滑り切ることのできた安心感もあったのではないでしょうか。そのあとに滑った金博洋(中国)、ハイル・コリヤダ(ロシア)、ヴィンセント・ジョウ(アメリカ)が枕を揃えて崩れていき、あれよあれよと言う間に宇野の表彰台が決まっていました。

結局今シーズンの宇野はグランプリ・ファイナル、四大陸選手権、平昌五輪、そして世界選手権とすべて2位で終わりました。今回は優勝したネーサン・チェン(アメリカ)と50点近い大差をつけられましたが、痛みに耐えて、やれることをやり切って勝ち獲った。これまでとは違った意味合いを持つ2位になったのではないでしょうか。


やるべきことをやらないと点数にならない。いまのフィギュアの怖さ

五輪のあとに開催される世界選手権は、有力選手の引退や休養がどうしても重なります。五輪に出場した選手たちの疲労もあります。そうした不確定要素が重なったこともあったのでしょう。今回は男女とも最後の最後まで誰が勝つのか分からない。ハラハラドキドキの大会になりました。

現在の加点方式の採点システムについて「何が起こるか分からない」と、スケート連盟の小林芳子強化部長も振り返っていました。平昌五輪金メダリストのアリーナ・ザギトワ(ロシア)が、まさか5位に沈むなんて、誰が予想していたでしょう。たとえどんなスーパースターであろうと、やるべきことをやらないと点数にならない。それが、いまのフィギュアです。過去の実績やネームバリューだけでは勝負になりません。ひじょうにスポーツライクだと言えます。観る側には面白く、やる側には過酷です。そうしたいまのフィギュアの現実を、まざまざと見せつけることになった今回の世界選手権でした。

来シーズンからは大幅なルール変更が予定されています。これまで「+3」から「-3」までの7段階で評価していた出来栄え点が、「+5」から「-5」までの11段階評価になること。男子のFSの演技時間が4分30秒から4分に短縮され、その分ジャンプの要素が8つから7つに減ることが濃厚です。大きな影響がありそうです。当たり前のようにトリプル・アクセルや4回転を跳ぶ女子選手が登場してきました。男子では夢のクアドロ・アクセル(4回転半)に現実味が帯びてきました。オフシーズンの選手たちの取り組みにも、ぜひ注目してください。