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佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.⑰ 持てる力を出し切った日本勢。その上を行った世界のトップ ~「平昌五輪・女子シングル」を振り返って

ノーミスが当たり前のなか、全力を出し切った宮原、坂本

残念ながらメダル獲得はならなかった日本女子ですが、宮原知子、坂本花織の両選手とも、持てる力を尽くしました。これ以上求めるのは酷なくらい。本当によく頑張りました。アリーナ・ザギトワ(OAR)とエフゲニー・メドベージェワ(OAR)は、ちょっと別格です。世界中を見渡しても、いまあのふたりに太刀打ちできる選手はいません。

 金メダル、銀メダルは、ロシア出身のふたりで間違いなし。残る銅メダルを懸けて、日本の宮原、坂本、それにカナダ勢、カロリーナ・コストナー(イタリア)、長洲未来(アメリカ)あたりが激しく争う。大会前に予想された通りの展開になりましたが、中身はショート・プログラム(SP)からノーミスが当たり前の、ひじょうにレベルの高い大会になりました。

 宮原については、団体戦でダメ押しされるがごとく「ジャンプの回転不足」を指摘されました。しかも回転不足かどうかを判定する3人のテクニカル・パネルが、団体戦と同じメンバー構成でしたから、不安もあったでしょう。ですが、団体戦が終わってから一度日本に帰国。ソチ五輪での日本チームの反省も踏まえ、充実した最終調整ができたようです。しっかりと課題を克服。SP、フリー(FS)あわせて15度ジャンプを跳んで、回転不足は一度もありませんでした。

よく魔物が棲むと言われる五輪ですが、万全な努力をしてきた選手には、特別な力を与えてくれることもあります。SP、フリー(SP)とも自己最高得点を更新する、いまの宮原にできる100%、あるいはそれ以上の演技をしてくれました。

届かなかった銅メダル。足りなかったパワー

 SPが終わった段階で、3位ケイトリン・オズモンド(カナダ)と、4位の宮原との差は2.93点。4回転ジャンプの大技で一挙大量得点が見込める男子と違い、女子の場合GOE(出来栄え点)などで、細かく加点を積み重ねていくことになります。もちろんスピンやステップでの取りこぼしは禁物です。宮原が逆転するには、まず自分がノーミスでFSを終える。その上でオズモンドのミスを待つしかありませんでした。

これまでのオズモンドはSPで好発進しても、FSでミスして失速。その実力からすると、不本意な結果で終わるケースが多くありました。ですが、今回のFSは3回転ルッツの着氷が乱れただけ。そのほかは大きなミスなく踏みとどまって、メダリストにふさわしい演技をしてみせました。

宮原とオズモンドでは、パワーとスピードの差が明らかでした。たとえるならば、宮原が軽自動車で、オズモンドは車体の大きな大排気量車。オズモンドは持ち前のスピードとパワーを活かして、リンク全体を大きく使って伸びやかに滑り、ジャンプには高さと幅がありました。スピードに乗ったスケーティングは演技構成点につながりますし、高くて幅のあるジャンプはGOEを引き出します。実際ふたりのGOEを合計すると、オズモンドが宮原を2.02上回りました。演技構成点では要素のつなぎ、振り付け、音楽の解釈といった5項目すべてで、オズモンドのほうが0.5~0.6点、高かったのです。

 今後、宮原が世界の頂点に立つためには、力強さを身に付ける必要があります。これは多くの日本の女子選手がつき当たってきた壁でもあります。だからといって、単純に筋肉量を増やすだけでは身体に重りを付けることになり、ジャンプに支障が出ます。このあたりのバランスが、フィギュアの微妙で難しいところです。

左股関節を疲労骨折してから、宮原は食生活を改善して体重を増やしたと聞きます。継続して体幹を鍛えたり、効率良い身体の使い方を覚えたりするのも、ひとつの手でしょう。そうやって要素ひとつひとつの完成度を高めて全体の底上げをはかる。ジャンプならば、9人のジャッジが常時「+2」以上のGOEを付けるような、高さや幅のある良質なモノにしていく。もちろん言うほど簡単な作業ではありませんが、今回の五輪を契機に、宮原が次の一歩を踏み出すことを期待しています。


坂本飛躍のカギは、3回転ルッツの精度

 初の五輪に初めてチーム戦とあって、団体戦のときはかなりの硬さがあった坂本花織ですが、シングルでは本来の躍動感がよみがえっていました。特にSPでは演技が進むにつれて落ち着きをみせ、自己最高得点を更新したのは立派でした。ただ、FS後半の3回転ループの着氷でバランスを崩し、GOEがマイナス評価になったのは、もったいないミスでした。五輪独特の緊張感のせいか、いつも以上に早く足に疲労が来ていたのかもしれません。

 それでも坂本の武器であるダイナミックなジャンプは、サイズの大きな欧米の選手たちと較べても、引けを取っていませんでした。課題をひとつ挙げれば、3回転ルッツの精度を高めることです。まだ自信満々に操れるレベルではないのでしょう。坂本は3回転ルッツをFSで1本入れているだけ。それも今回は踏み切りで正しくエッジを使えませんでした。

 それに対して金メダルを獲得したザギトワは、SP、FSと合わせて3回転ルッツを3本跳んでいます。しかもコンビネーションにするときは、トゥ・ループではなくループを付けて「3回転ルッツ+3回転ループ」にしています。この女子で最高難度のコンビネーション・ジャンプによる高得点があったからこそ、ザギトワはメドベージェワに競り勝てたと言えます。

 坂本の特長を考えれば、ザギトワ同様、基礎点の高い(すなわち難度の高い)ルッツ、フリップを2本ずつFSに組み込めるはずです。彼女ならトリプル・アクセルだって、可能ではないでしょうか。もちろんまだまだ粗削りで、表現面には大いに改善の余地があります。その分、伸びしろが大きいとも言えます。この先世界のトップ・グループに喰い込んでいけるポテンシャルを、今回の五輪で感じさせてくれました。

滑走順によっては反対の結果も!? 1.31差の金メダル争い

 アリーナ・ザギトワとエフゲニー・メドベージェワの金メダル争いは、わずか1.31点差で決着する大接戦になりました。SPではふたりが相次いで世界歴代最高得点を更新。FSのスコアは揃って156.65。こんなことは滅多にありません。メドベージェワにも金メダルを獲らしてあげたかったと、多くの人が考えたことでしょう。

 前々回のコラムで指摘したように、最終的には技術点で勝負するザギトワに軍配が上がりました。両選手がSPで跳んだ3回転ジャンプの種類を較べると、メドベージェワは「フリップ+トゥ・ループ」と単独ループ。対するザギトワは「ルッツ+ループ」と単独フリップと、図ったようにメドベージェワより基礎点の高いジャンプを組み込んでいました。
(※ジャンプの難易度は難しいほうから、アクセル、ルッツ、フリップ、ループ、サルコゥ、トゥ・ループの順になる)

明暗を分けたポイントは、ほかにもありました。ひとつはメドベージェワがFSの後半に予定していた「3回転フリップ+トゥ・ループ」のコンビネーション・ジャンプを変更して、演技の冒頭に持ってきたことです。彼女の真意は分かりませんが、もしかすると演技後半に跳ぶには体力面の不安があって、安全策を採ったのかもしれません。ですが、予定通り基礎点が1.1倍になる後半に跳んでいれば、メドベージェワのスコアは約1点増えていたのです。

 もうひとつのポイントは滑走順です。FSの最終滑走者だったメドベージェワの、ひとつ前の滑走者はケイトリン・オズモンドでした。両者の個性はまるで異なります。メドベージェワは儚さを訴えかけてくるような、繊細な表現を得意にしています。オズモンドのほうは大胆さ、力強さで魅了するスケーターです。オズモンドの快活な滑りを観た直後だと、ギャップがあまりに大きくて、メドベージェワを迫力不足に感じたとしても、不思議ではありません。もしも実際とは反対の滑走順、メドベージェワ、オズモンド、ザギトワの順に滑っていたら、金と銀、メダルの色も反対になっていたかもしれません。このあたりは採点競技の常、抽選の妙と言えます。

いずれにせよオリンピックの歴史、フィギュアの歴史に刻まれる、今後長く語り継がれるであろう名勝負でした。