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佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.⑬ 五輪目前に、課題が浮き彫りになった宇野、田中~「四大陸選手権」を振り返って

絞った以上、許されなくなった4回転のミス

ショート・プログラム(SP)では、今シーズン4度目となる100点超えをやってのけながらの逆転負け。羽生結弦、ネーサン・チェン(アメリカ)といったライバルが不在のなか、宇野昌磨が優勝を逃した要因は、いくつかのミスを犯したことです。

 まずはSPのコンビネーション・ジャンプが、4回転トゥ・ループ-2回転トゥ・ループだったことです。宇野本人は「ステップで足がもつれがちだったので、4回転-2回転でいこうとした」と話していましたが、昨年12月の「全日本選手権」では前半の4回転を回り過ぎてしまい、このコンビネーションを失敗していました。優勝の金博洋(ボーヤン・ジン/中国)とは、総合でわずか3.01点差。もし「4回転-2回転」ではなく「4回転-3回転」を決めていたなら、その差は埋まっていました。いまの時代やはり「4回転-3回転」にしておかないと、世界の頂点には立てません。平昌(ピョンチャン)五輪に向けた大きな課題です。

 フリー(FS)でも冒頭の4回転ループが回転不足になり、次の4回転フリップでは転倒と、いきなりミスが続きました。国際中継の映像を観る限り、ループについては正直「これで回転不足なの?」といった印象を受けたのですが、ISU(国際スケート連盟)の判定は、中継とは違った角度に置かれたカメラの映像を使用しています。こればかりは仕方ありません。五輪では、どの角度から見ても文句の出ない回転をすることです。また4回転フリップは、宇野にしてみれば成功率の高い得意にしているジャンプです。回転不足もフリップの転倒も、これまで宇野があまりしてこなかった珍しいタイプのミスです。そうした点で、やや不満が残りました。

 平昌での金メダル獲得を念頭に、宇野は今回FSの演技構成を昨シーズンの内容に戻しました。新技の4回転サルコゥを外して難易度を下げたのです。言い換えれば、3種類(フリップ、ループ、トゥ・ループ)4本の4回転ジャンプで、最高難度の4回転ルッツを完璧に決めてくる金博洋や、5種類の4回転ジャンプすべてを跳べるネーサン・チェンの上を行く必要があります。

 SPで3本、FSで8本、合わせて11本跳んだ今回のジャンプの基礎点をすべて足すと、宇野が合計115.25点で、金博洋は122.35点と、その差が7点以上ありました。同じく11本のジャンプのGOE(出来栄え点)だけを合計して較べても、宇野の合計7.36点に対して、金博洋は14.42点。こちらも7点を超える差がつきました。4回転ジャンプの種類を絞りプログラムの完成度で勝負すると決めた以上、宇野にはもうジャンプのミスは許されないのです。


ひじょうに洗練されていた宇野の表現面

 このような技術面でのミスはあったものの、宇野の演技全体の流れはひじょうに良かったと思います。SPのステップ・シークエンスが「レベル2」止まりだったのは反省点ですが、動きのひとつひとつにメリハリがあって精度も高く、とても洗練されていました。演技構成点では、SPで約3点、FSでは6点以上、金博洋を上回っていました。

今シーズンの「フランス杯」以降、FSの後半にバタバタする試合が続いていましたが、今回はそうしたバタつきがなく、ずっと苦しんでいた4回転トゥ・ループを2本ともキッチリ成功させました。このあたりは昨シーズンの構成に戻したことによるプラスの効果です。初優勝はならなかったものの、五輪までに取り組むべき課題が浮き彫りになった、実りある大会だったのではないでしょうか。


五輪前の良い教訓になった田中刑事

 SPでは、ほぼミスのない演技をして3位につけた田中刑事でしたが、そのことがかえってプレッシャーになってしまったのかもしれません。FS冒頭に予定していた4回転サルコゥは、力みが入ってしまい3回転に。その後のトリプル・アクセルも抜けてしまいました。「全日本選手権」のときは「五輪に行きたい」気持ちひとつで、余計なことを考えず、眼の前の演技に没頭していましたが、今回は表彰台がチラついてしまい、FSでちょっと色気が出てしまったようです。

 とはいえ、序盤に大きなミスを犯していながら、後半は立て直してキッチリまとめ、SPに続いてISU選手権大会での自己最高得点を更新してみせました。地力が上がってきた証拠です。宇野と同様に、今回の経験を良い教訓にして、五輪本番にのぞんで欲しいと思います。


金博洋が金メダル争いのライバルに浮上

両足首のケガのため「グランプリ・ファイナル」を欠場。大会前はあまり注目されていなかった金博洋でしたが、SPを開始しようとリンクの中央で静止したときの表情が、別人のように引き締まっていました。試合後、相当な量の練習をこなしてきたことを明らかにしていましたが、それだけの自信に満ち満ちた顔をしていました。もっと演技構成点が高くなってもおかしくない内容でしたし、FSには余裕すら感じさせました。平昌五輪の金メダルは、羽生結弦と宇野昌磨、そして今月の「全米選手権」で総合315.23点の高得点をマークしたネーサン・チェン、「欧州選手権」6連覇を達成したハビエル・フェルナンデス(スペイン)、この4選手の争いになるかと思っていましたが、ここに来て金博洋が堂々名乗りをあげました。

 金メダルを手に入れるには、いまや複数の4回転ジャンプが不可欠になったように、フィギュアの時代は大きく変わっています。ですが、試合で勝つにはミスを最小限にして、それぞれの要素、要素で地道に点数を拾っていく必要がある。フィギュアの‘勝ち方’は変わっていないのだと、今回の金博洋を見て、あらためて教えられた気がしました。