佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.⑫ 五輪金メダルを見据えたチャレンジをした宇野昌磨。持てる力を振り絞った田中刑事が第3の男に名乗り ~ 「全日本選手権」を振り返って
無風の優勝争い。羽生不在のなか、宇野が余裕の2連覇
羽生結弦が不在のなか、宇野昌磨がぶっち切りでの優勝。ひとり別次元の存在でした。宇野にしてみれば今回の「全日本選手権」は勝敗を争うのではなく、平昌(ピョンチャン)五輪での金メダル獲得を見据えた、チャレンジの舞台だったかのようです。
SP(ショート・プログラム)での4回転トゥ・ループ-3回転トゥ・ループのコンビネーションは、直前にGOE(出来栄え点)の加点を引き出すような難しいステップから入ったのですが、勢いが付き過ぎて最初の4回転がオ-バーターン気味になり、結果セカンドジャンプが1回転になってしまいました。
宇野本人が「跳ぶ前から体力的に失敗することは分かっていた」と振り返った、フリー(FS)でのダブル・アクセル-4回転トゥ・ループに挑戦したのも、もともと組み込んでいた4回転トゥ・ループ-2回転トゥ・ループの最初の4回転の回り過ぎを解消する狙いがあったようです。いずれも成功はしなかったものの、実戦の緊張感があるなかのチャレンジで、自分なりの引き出しや対処法を増やすことができれば、充分な収穫だったのでしょう。
5試合連続で300点台をマークするほど、高いレベルでの安定感を誇っていたはずが、11月のインフルエンザのあとから一転、自身も納得のいかない演技が続いています。ただ、このところ毎回のようにプログラム構成に手を加えて、宇野は試合に臨んでいます。これが演技にバラつきが見られる大きな要因でしょう。以前も指摘しましたが、平昌(ピョンチャン)本番で金メダルを狙うのであれば、そろそろ演技構成をしっかり固めるべき時期だと思います。フィギュア・スケーターには、同じプログラムを何度もくり返し滑り込むことで、初めて身体に染み込んでくるリズムがあるからです。
FSを終えた翌日「次の四大陸選手権では、4回転サルコゥ、ダブル・アクセル-4回転トゥ・ループはやらないつもり。昨シーズンと同じ構成にして、まずは身体に染み込ませるところからやりたい」と語っていたそうですが、それが賢明な判断だと思います。実力的には、すでに羽生結弦と肩を並べる位置に宇野は来ています。五輪用のプログラムをしっかりと滑り込んで、4回転ジャンプの成功率を高めていけば、日本男子ふたりによる金メダル争いが実現するはずです。
細かなところで、少しずつ無良崇人を上回った田中刑事
3つめの代表枠争いは、田中刑事と無良崇人の一騎打ちの様相を呈しました。SPを終えた段階で、私が選ぶ‘ベストパフォーマンス賞’は田中でした。演技後半にトリプル・アクセルを成功させるなど、自身初めて90点台をマーク。持てる力すべてを振り絞った印象を受けたからです。
SPでは田中に続く3位。FSでの逆転代表入りを狙った無良は、4回転トゥ・ループを1本にする戦略を採りました。それを見て「これは勝ちに来た。賢い選択をした」と感じました。安定感に欠ける4回転トゥ・ループを2本跳ぶより、ミスなく滑り切る状況をつくって、持てる実力を最大限に発揮したほうが無良本人も納得できたはずです。もちろん敗れてしまった以上は「もう1本トゥ・ループをやっておいた方が良かったのかも」と言いたくなる気持ちも分かりますが、それは結果論でしょう。
田中にしても、FSでは予定していたコンビネーションジャンプが単独になったり、ステップアウトをくり返したりと、無良以上に多くのミスがありましたが、サルコゥとトゥ・ループ2種類の4回転ジャンプ3本に挑み、そのうち2本をクリーンに着氷。無良の直後に滑る難しさもあったなかで、なんとか逃げ切ってみせました。最終的にはSP、FSともわずかながら無良より難度の高いプログラムを演じた田中に軍配が上がったのです。
‘ぶっつけ本番’の五輪にも、羽生には一日の長
羽生結弦の代表入りに異論はないでしょう。来年1月の四大陸選手権にも参加せず、‘ぶっつけ本番’で五輪を迎えることに、不安を唱える声もあるようですが、今月16日から氷上に乗り始めたとの報告がありましたし、私はそれほど大きな影響はないと考えています。なにせ前回王者なのです。五輪までに何をすべきか。陣営全体が勝ち方を知っている強みがあります。またソチ五輪に続き、平昌五輪でも男子シングルに先駆けて団体戦が実施されます。羽生が望む形で、SPなりFSなりに出場させて、そこで試合勘を回復させても良いかもしれません。
今回の五輪では2種類以上の4回転ジャンプを跳ばないと、金メダルが難しいのは確かです。とはいえ、右ヒザのケガによる今回のブランクを考慮すれば、羽生はルッツまで無理に跳ぶ必要はないでしょう。演技全体の完成度からすれば、トゥ・ループ、サルコゥ、ループの3種類だけでも、金メダルは充分可能なはずです。
思い返して欲しいのですが、羽生が世界歴代最高得点となる合計330.43点を出した15年の「GPファイナル」のとき、跳んだ4回転ジャンプはトゥ・ループとサルコゥの2種類だけだったのです。いまや5種類の4回転ジャンプを跳ぶネイサン・チェン(アメリカ)をはじめ、4回転時代の先駆者である金博洋(中国)にせよ、4回転ルッツを跳ぶミハイル・コリヤダ(ロシア)にせよ、いまだ羽生の330.43点には手が届いていないのです。しかも、今シーズンの羽生のプログラムは、この世界最高点のときと同じ「ショパンのバラード1番」と「SEIMEI」なのです。羽生に有利な要素はたくさんあります。
ひとつ不安を挙げるとすれば、こうして周囲から「ルッツの必要はない」と言われると、「だったら逆に、意地でもルッツを跳んでやる」と言い出しかねない、負けず嫌いな羽生の性格です(笑)