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佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.⑪ 熾烈な五輪代表争いを制したのは復活のエース宮原知子、ダイナミックなジャンプが魅力の坂本花織 ~ 「全日本選手権」を振り返って

最大級のプレッシャーにうち克った坂本花織 

私自身の現役時代から、ずいぶんと長く「全日本選手権」を観てきましたが、今回は「最も面白かった」と言えるかもしれません。その分、実際氷上に立った選手たちからすれば、この上なく過酷な大会だったことでしょう。最大の注目を集めた女子の平昌(ピョンチャン)五輪代表争いは、ショート・プログラム(SP)2位からの逆転優勝で宮原知子がまず当確。続いて坂本花織が、樋口新葉との対決を制する形で、2枠目の日本代表の座を勝ち獲りました。

 坂本と樋口、ふたりの明暗を分けたのはミスでした。樋口はSPでダブル・アクセルが抜けてしまい規定違反で無得点に。フリー(FS)でも、3回転サルコゥがパンク(ジャンプのタイミングか合わずに、予定より回転数が減ってしまうミス)してしまいました。どうやら右足首を負傷していたようですが、優勝のアリーナ・ザギトワ(ロシア)とわずか1.36点差の2位となった「中国杯」のときなどと較べると、動きが硬かった気がします。

対する坂本は屈託のないキャラクターそのままに、SPを伸び伸びとノーミスで演じ切り、あの宮原を抑えての首位発進だったのですから、たいしたものです。五輪代表候補と目されていた選手たちの集まった最終グループではなく、ひとつ前の第4グループでの滑走だったことも、気持ちを楽にしていたのかもしれません。

 ただ、完璧だったSPを受け、中1日で迎えるFSでは大崩れする可能性もあるんじゃないかと、私は考えていました。それでなくても特別な舞台である「全日本」の、五輪出場権を懸けた戦い。おそらくスケートを始めてから最も大きなプレッシャーが坂本を襲っていたはずです。ところが、そんな重圧を振り払うように、FSでも大きなミスなく見事な演技をしてみせた。これまでの坂本には、どこかでボロが出てノーミスで演技を終えられない印象があったのですが、この大舞台でそれを覆してくれました。

 全日本2位の坂本花織と、今シーズンの世界ランキングやベストスコアでは坂本を上回っていた樋口新葉。どちらが選ばれてもおかしくない、難しい選考だったと思います。が、2人目の選考基準のひとつに「全日本選手権で2位か3位」とあっただけに、樋口の「4位」という結果は痛恨でした。今回の「全日本選手権」は決着の舞台でした。その場であれだけの演技ができた。その勝負強さが、坂本の最も評価されたところでしょう。

 坂本花織の魅力は何と言っても、ダイナミックで大きさのあるジャンプです。ジャンプを降りたあとの流れも良く、スピードと力強さを感じさせるGOE(出来栄え点)の付く跳躍です。SPで基礎点が1.1倍になる演技後半に、3つのジャンプすべてを集める構成ができるのは、実力のある証拠です。演技構成点、いわゆる表現の面には改善の余地がありますが、五輪本番まで2ヶ月足らず。欠点の修正に捉われるより、長所であるジャンプの完成度をさらに高めて。「ニュー・ヒロイン誕生」と周囲は一気に騒がしくなるでしょうが、自分を見失うことなく、今回の「全日本」と同様、平昌のリンクでも勢いよく躍動して欲しいと思います。


19歳にしてエースの貫録。宮原知子の完全復調は時間の問題

 女子では浅田真央以来8人目となる「全日本」4連覇となった宮原知子ですが、ただただ強かった。SPこそジャンプの回転不足が響いて2位でしたが、FSは堂々と滑り切り、2位の坂本とは約17点差。左股関節の疲労骨折の影響で、シーズン初戦が11月の「NHK杯」と遅いスタートとなり、当然不安はあったと思います。あの時点ではまさか、これほどの圧勝で「全日本」を制するとは想像できませんでした。本当に強かった。「ミス・パーフェクト」と言うのは簡単ですが、パーフェクトを続けることが、どれだけ難しいことなのか。この決戦に向けて、心技体をしっかり整えてきた宮原の強さには感服します。

前回の「4回転トーク」でも指摘しましたが、「NHK杯」で実戦復帰してから2週間後の「スケートアメリカ」で優勝、「GPファイナル」には繰り上げ出場、ほかの選手たちの動向と、この「全日本」までに起きたことがすべて、宮原の背中を押す追い風になったようでした。今回代表争いの中心にいた7選手のなかで、最年長は21歳の本郷理華。それに次ぐとはいえ、じつは宮原はまだ19歳。若手と呼ばれる高校3年生の坂本、三原舞依、高2の樋口、高1の本田真凜、白岩優奈たちと、年齢はそれほど違いません。それでいて、いまや女王の貫録、風格を漂わせています。

 よく「立場は人をつくる」と言いますが、安藤美姫、鈴木明子、村上佳菜子、そして浅田真央と、ひとつ上の世代の選手たちが次々と引退していくなか、本人が望むと望まないに関わらず、宮原知子には「日本女子のエース」であることが求められました。そして彼女は強い責任感をもって、その要求に応えてきました。16歳で「全日本選手権」に初優勝して以来、早くから「追われる立場」となった宮原は、追い掛けてくる選手たちとの戦いを通して、やすやすとは追随を許さない強さを身に付けたようです。

 ジャンプの回転不足という「GPファイナル」からの課題を積み残したのは、実戦復帰からまだ1カ月半であることを考えれば、仕方ないことでしょう。ただ、この「全日本選手権」と同じタイミングで開催されていた「ロシア選手権」では、ケガのエフゲニア・メドベージェワが欠場するなか、アリーナ・ザギトワが総合233.59点とメドベージェワ並みの高得点で初優勝。2位のマリア・ソツコワも221.76点を出しています。

 ドーピングによる参加資格の問題はありますが、ロシア女子の平昌五輪出場枠は「3」です。誰が出場して来ようと、宮原のメダル獲りの前に立ちはだかる、最大のライバルになります。宮原にはくれぐれもオーバーワークに注意して、まずは完全復調した状態で初の五輪を迎えて欲しいと思います。