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佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.⑩ 宮原知子に吹く追い風、五輪代表争いは頭ひとつリードか ~ 「グランプリ・ファイナル」を振り返って

ジャンプの回転不足はあったものの、完全復調を予感させた宮原

   出場の6選手すべてが、ショート・プログラム(SP)で70点台の高得点。しかも首位のケイトリン・オズモンド(カナダ)から6位のカロリーナ・コストナー(イタリア)まで、わずか4.22点差。そのためフリー(FS)でミスした者の負け。GOE(出来栄え点)のわずかな差が勝敗を分けることになりました。これほどハイレベルな混戦は、そうありません。女王エフゲニア・メドベジェワ(ロシア)の不在を忘れさせるくらい、緊迫感にあふれた「グランプリ・ファイナル」女子シングルになりました。

そのなかでSPの3位から総合5位と順位は落としたものの、左股関節の疲労骨折からの実戦復帰となった「NHK杯」が終わって1ヶ月足らず。メドベジュワの負傷欠場による繰り上げ出場とはいえ、宮原知子が2週間前の「スケートアメリカ」で優勝して「ファイナル」の舞台に立ったこと自体、そもそも驚きでした。それでいて「スケートアメリカ」以上に完成度を高め、SPで自己ベストに0.03点差に迫る演技を披露。FSは前半の3回転ジャンプの回転不足が響き技術点が伸びませんでしたが、表現力を評価する演技構成点は、優勝したアリーナ・ザギトワと2位のマリア・ソツコワ、ロシア勢ふたりの上を行ってみせました。

 平昌(ピョンチャン)五輪の代表選考を見据えれば、事前の計画通り、12月21日開幕の「全日本選手権」を目指したコンディションづくりに専念して、今回の「グランプリ・ファイナル」を回避する道も、宮原にはあったかと思うのですが、本人の強い意思であえて出場。その結果「試合勘が戻ってきた感じがある」とプラス材料にしてみせるあたりは、さすが多くの大舞台を踏んできた選手です。ジャンプの跳び急ぎという「全日本」に向けての課題も明確になりました。さまざまな流れが宮原の背中を押す追い風になっています。完全復調は間近。五輪代表をめぐる争いは、宮原知子が頭ひとつかふたつ分リードしたと言えそうです。


極度の緊張に飲み込まれたか。樋口はフリー中盤で突然の失速

 対照的に樋口新葉は、大混戦のなか「表彰台に上がるチャンス」だと余計な力みがあったのか。極度の緊張に飲み込まれたのか。スピード感のある滑りでFSを勢いよくスタートしたまでは良かったのですが、中盤で予定していた3回転サルコゥが2回転になったあたりから急に失速。そのまま最後まで修正が利きませんでした。

 FS前の公式練習の段階から、本人が「ジャンプがほぼ全部感覚が狂っている。思うように跳べていない」と話してしていたそうですが、フィギュア選手には些細なことをキッカケに、自分の演技を見失うケースがあります。シニア転向2年目。もう怖い物知らずでは、いられない頃かもしれません。いずれにせよSPとFSをノーミスで揃えるのは、言うほど簡単なことではありません。当たり前のようにミスなく演技を終え「ミス・パーフェクト」と呼ばれた宮原知子や、昨シーズン大会のたびに世界最高得点を更新していたメドベジェワのほうが、むしろあり得ないのです。

今回優勝したザギトワと、「中国杯」ではわずか1.36点差の2位だったように、本来の滑りができれば、ISU(世界スケート連盟)公認の世界大会であっても、表彰台に昇るだけの力を持っている選手です。それだけに、もう少し良い演技をやらせてあげたかった。昨シーズンの「四大陸選手権」「世界選手権」に続く大舞台での敗戦に、自信を失っていなければ良いのですが…。樋口にとって「全日本選手権」は、初出場から3年連続で表彰台に上がっている大会です。精神面を立て直し、良いイメージを思い返して欲しいと思います。


特別なシーズンの特別な「全日本」。舞台は東京の新競技場

 この時期になると、毎シーズンのように紹介していますが、私たち日本のフィギュア関係者にとって、「全日本選手権は特別な大会」です。実際の会場にお越しになると、理解していただけるかもしれませんが、何とも言えない独特の空気に支配されるのです。さらに今回は五輪代表の選考を兼ねており、女子はわずか2枠の争いになります。いったいどんな雰囲気になるのか。ちょっと予想がつきません。

 それに加えて今年の会場は、11月に東京都調布市にオープンしたばかりの「武蔵野の森総合スポーツプラザ」です。2020年東京オリンピックのバドミントンと近代五種、東京パラリンピックの車いすバスケットボールの実施が予定されている新しい競技場で、今度の「全日本フィギュアスケート選手権」がスポーツイベントのこけら落としになります。誰もが初めて立つリンクだけに、氷の質や硬さ、音響、客席との一体感など、始まってみないと分からないことだらけです。「全日本」特有の雰囲気に拍車が掛かったとしても、不思議ではありません。