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佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.⑨ 五輪に向けて良い勉強になった宇野の「0.5点差」の敗北 ~ 「グランプリ・ファイナル」を振り返って

勝負を分けたフライング足替えコンビネーションスピン

ショート・プログラム(SP)首位のネーサン・チェン(アメリカ)が、フリー(FS)ではミスを連発。次の滑走者である宇野昌磨が準備をしている間に、チェンの得点が発表された時点で、詰めかけた地元・名古屋のお客さんは誰しも「これはもらった。優勝は宇野だ」と思ったのではないでしょうか。ところが、宇野のほうも冒頭の4回転ループでいきなり転倒。得意なはずの4回転トゥ・ループを2本とも失敗して逆転ならず。1位のチェンと0.5点差の2位に終わり、手中にあったグランプリ・ファイナル初優勝をこぼれ落としてしまいました。

今回の宇野には、ああしていたら逆転、こうしていれば優勝といった「たら・れば」が、たくさんありました。まずはSPでのトリプル・アクセル直後にツルッと足を滑らせての転倒です。あんな転び方は滅多にありません。ジャンプ自体は完全に降りたのですが、回転軸がやや左に外れインサイドのエッジで着氷したのを、アウトサイドのエッジに移し替えようとしたところで、そのまま抜けてしまったようです。宇野本人も思わず舌を出して笑ってしまったくらいの“珍プレー”でしたが、1.0の減点でした。SPでは演技時間違反、オーバータイムでの1点減点もありました。FSでも最後に予定していた3回転サルコゥ­3回転トウ・ループの連続ジャンプを、単発にする勘違いがありました。

なかでも特に私が気になったのは、FSのフライング足替えコンビネーションスピンが、レベル3止まりだったことです。調べてみると、今年10月の「ジャパンオープン」と「スケートカナダ」でも、宇野のフライング足替えコンビネーションスピンはレベル3でした。スピンのレベルは、スピード、回転数、姿勢の美しさなどに関連する、細かく定められた特徴があり、その特徴をどれだけ満たしているかによって判定されます。足替えのコンビネーションスピンの場合「着氷して2回転以内にスピンの基本姿勢に入る」「ひとつの基本姿勢で2回転保持する」といった特徴が求められます。それらを必要なだけ満たさないとレベル4にはならず、基礎点が低くなります。

対するネーサン・チェンのフライング足替えコンビネーションスピンは、しっかりとレベル4を獲得。GOE(出来栄え点)と合わせ、同じスピンで両者に1.07点の差がつきました。宇野のスピンがレベル4だったなら、総合得点で間違いなくチェンを上回っていたのです。スピンひとつの差で、世界の頂点に立てないことがある。あらためて肝に銘じたことでしょう。

地元開催、勝てば初優勝、トップと逆転可能な僅差で迎える最終滑走、そして羽生結弦の不在。宇野にとっては、重圧が次々と降りかかる大会でしたが、これも平昌(ピョンチャン)五輪を前に、経験値を高める良い機会になったのではないでしょうか。


平昌では戦略が問われる、4回転ジャンプの「落としどころ」

もったいない取りこぼしがたくさんあったものの、インフルエンザからの病みあがり直後だった「フランス杯」に較べて、全体的な内容は良くなっていました。しばらく自重していた新技の4回転サルコゥはクリーンに成功して、今後プログラムに組み込んでいけることを証明してみせました。 平昌五輪の男子シングルは、来年2月16、17日に実施されます。本番まであと2ヶ月に迫ったことを考えれば、そろそろトライ&エラーの段階は終わりにして、五輪本番用のプログラムを固めていきたいところです。そのプログラムで滑り込みを重ねて、どれだけ完成度を高めていけるのかが勝負になります。

ソチ五輪で金メダルを獲得した羽生結弦の4回転ジャンプは、サルコゥとトゥ・ループの2種類でした。しかもFS冒頭の4回転サルコゥは転倒していました。4回転ジャンプの成功が1種類1本だと、平昌五輪ではおそらく表彰台に昇れないでしょう。この3年余りでの急激な4回転ジャンプのレベルアップには、驚くほかありません。

ただ、新しいジャンプの成功にこだわるあまり、それまで跳べていた種類のジャンプが乱れてしまうことがあります。すべての種類のジャンプを完璧にとは、なかなかいきません。今回の宇野やネーサン・チェンの演技を見ても分かるように、4種類の4回転ジャンプを5度(ないし6度)ノーミスで跳ぼうというのは、とてつもなく難しい作業です。

五輪本番では、4回転ジャンプをより成功率の高い種類に絞り込んで、GOEで高得点を狙う作戦もあるでしょう。その真逆で、ある程度の減点は覚悟して、高難度の4回転ジャンプが持つ基礎点の高さでリードを稼ごうとする選手が出てくるかもしれません。このあたりの「落としどころ」を、どこに設定するのか。メダル争いには、氷上に立つ選手だけではなく、コーチ、スタッフを含めた各陣営の戦略が問われることになりそうです。