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佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.⑤ 羽生の欠場は賢明な判断。勝ち方を知っているロシア勢~ グランプリ・シリーズ第4戦「NHK杯」を振り返って

着氷にいくのは、フィギュア・スケーターの習性

   羽生結弦が負傷した瞬間の映像を私も観ましたが、身体が完全に斜めになっていました。あそこまで軸が曲がってしまうジャンプは、なかなかありません。あれだけ大きく傾けば、空中にいる段階で本人も自覚していたはずです。無理に足を着けにいかず、受身をとるようにしてダメージを最小限にしていれば…。そう思った視聴者の方もいたかもしれませんが、ご存知のようにジャンプはすべて右足で着氷します。それこそ幼いころから、何千回、何万回とくり返し身に付けてきた動作です。たとえ練習であっても、フィギュア選手は本能的に転倒を嫌がります。右足を着けにいくのは、フィギュア・スケーターに刷り込まれた習性のようなものなのです。「右足首外側の靱帯損傷」「10日間の絶対安静」だそうですが、骨折やヒザの大ケガなどではなかったことに、ひとまず胸を撫で下ろしました。

 「NHK杯」の欠場により、5連覇が期待された「GPファイナル」進出も不可能になりましたが、私は賢明な判断だったと思います。羽生にとって最大の目標は、平昌(ピョンチャン)五輪の2連覇です。まずは五輪出場権の懸かった「全日本選手権」(12月21日開幕)に照準を合わせることになるでしょう。万一「全日本選手権」に間に合わなかったとしても、日本スケート連盟は五輪代表の選考基準として、世界ランキング、シーズンランク、シーズン最高得点の上位者から総合的に判断すること。過去に世界選手権3位以内の実績を持つ選手がケガなどでやむを得ず全日本を欠場した場合、ケガをする以前の成績を基準に選考するケースがあることを、事前に明確にしています。たとえ羽生が「全日本選手権」を欠場したとしても、代表入りに異論を唱える人はいないでしょう。

 最悪のシナリオは、無理に「全日本選手権」に間に合わせようとして、負傷が完全に癒えないうちに練習を始めて、かえって患部を悪化させてしまうことです。焦りは禁物です。あくまで3ヵ月後の五輪でベスト・パフォーマンスをすることから逆算して、いま何が必要なのか。じっくりと治療に専念することでしょう。


友野、佐藤には全日本での‘一発逆転’に期待

 村上大介が急性肺炎のため欠場。急遽GPシリーズ初出場が決まった友野一希でしたが、若さを全面に出した演技をしていました。やはり初めての大きな国際大会だった佐藤洸彬と同様、ひじょうに良い経験になったことでしょう。佐藤が羽生の1歳下、友野は宇野昌磨の1歳下と、年齢は両エースに近いのですが、これまでのキャリアを考えれば、佐藤も友野も次世代の選手と言えます。

 ショート・プログラム(SP)では自己ベストを更新して、フリー・スケーティング(FS)の前半の4回転ジャンプでミス。ここまではふたり揃って似たような試合展開をたどりましたが、なんとか切り替えた友野が後半のジャンプを成功させていったのに対して、佐藤は立て直しが利かなかった。その違いが順位の差となって現れました。

演技冒頭のジャンプを失敗すると、体力を消耗するのはもちろん、何より精神的なダメージが尾を引きます。ですが、ソチ五輪の羽生のFSや、今大会の女子シングルで優勝したエフゲニア・メドベージェワ(ロシア)のように、世界の頂点に立つ選手たちは、ミスをしても勝てるだけの内面の強さや、失点を取り返す技術を持っています。

 友野にしても佐藤にしても、世界の大舞台を知っている無良崇人や先日の「中国杯」で素晴らしい演技をした田中刑事と較べると、まだまだ粗さが目につきます。4回転ジャンプの種類を増やすことも今後の課題になるでしょう。平昌五輪の代表の座を掴むつもりなら、「全日本選手権」での一発逆転を狙って、大きな賭けに出るくらいで良いかもしれません。今大会で感じたことを糧にして、思い切った勝負をして欲しいと思います。


勝つためのメソッドがあるかのようなロシア勢

 セルゲイ・ボロノフ(ロシア)が30歳にしてGPシリーズ初優勝。大会中に28歳になったアダム・リッポン(アメリカ)が2位、3位には29歳のレクセイ・ビチェンコ(イスラエル)と、今年の「NHK杯」の男子シングルは「アラサー世代」が表彰台を独占しました。優勝したボロノフは、ひじょうにオーソドックスで癖のないスケートをする選手で、私の好きなタイプです。キャリアを活かして、うまくまとめてみせました。

今シーズンあらためて感じるのは、ロシア勢の勝負強さです。ここまでのGPシリーズ4大会、男女のシングルすべてで、ロシアの選手が誰かしら必ず表彰台に立っています。今回の「NHK杯」にしても、参加選手たちの実力はおおよそ把握できます。メンバーの顔ぶれを踏まえ、羽生の欠場が決まった時点で、だったら勝つためには何をすれば良いのか。まるで決められたメソッドがあって、その通りに表彰台に立っているような印象を受けます。

 ベテランだけでなく、男子のアレクサンドル・サマリン、女子のマリア・ソツコワといった若手も結果を残しています。オリンピック・シーズンに合わせて、各選手が見事に仕上げてきました。さすがは過去多くの世界チャンピオンを輩出してきたスケート大国。学ぶことは多くあります。