佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.② 良いスタートになった樋口と伸びしろを感じさせた坂本~ グランプリ・シリ ーズ第1戦「ロシア杯」を振り返って
身体全体がよく動いていた樋口新葉
日頃から都内で練習している姿をよく見ている分、樋口新葉については成長や変化にかえって気がつきにくい面があるのですが、今回はひじょうに良い内容だったと思います。
FS(フリー・スケーティング)で、予定していた3回転
サルコゥが2回転になるなどのミスはありましたが、彼女がシニアになってから、ベストの演技ができた大会だったのではないでしょうか。シニア2シーズン目とあって、慣れの部分もあったでしょう。五輪シーズンだけに、賭ける意気込みも当然違ったことでしょう。特に良かったのは、身体全体がよく動いていたところです。ステップにしても、ターンやスピンにしても、手足の先々まで神経をめぐらせて、勢い任せやおざなりになっていなかった。前回も少し触れましたが、そうやってひとつひとつの動作を疎かにしないで最後まで演技をするのは、ものすごく体力を消耗するんです。ですが、その甲斐あってFSの技術点は、優勝したエフゲニア・メドベージェワ(ロシア)に次ぐ、69.37の高得点。良いスタートになりました。
昨シーズンの樋口は、シニアのグランプリ・シリーズデビュー戦となった「フランス杯」でいきなり3位。表彰台に昇ったものの、2戦目の「NHK杯」では4位に終わり、グランプリ・ファイナル出場はなりませんでした。次の樋口のグランプリ・シリーズは、11月上旬の「中国杯」になります。この大会には、昨シーズン大躍進をみせた三原舞依、今シーズンの注目の的である本田真凜の出場も予定されており、年齢の近いライバルが顔を揃えます。燃える材料には事欠きません。昨シーズンの轍を踏まず、右肩上がりのシーズンにして欲しいところです。
3回転フリップの転倒は、坂本の長所の裏返し
今シーズンからシニア参戦した坂本花織は、FS冒頭の3回転フリップで転倒。結果5位となり試合後には涙を流す、悔しいグランプリ・シリーズ初戦となりました。あのミスがなければ、もっと上位になる可能性もあっただけに、確かにもったいなかった。ですが、3本のジャンプを基礎点が1.1倍になる後半に集めたSP(ショート・プログラム)を、ほぼミスなく終えたこともあわせて、デビュー戦でよくやり切ったと言ってあげたい。
彼女の最大の魅力は、高さのあるジャンプ、そしてジャンプを降りたあとの流れの良さです。スピードと力強さを感じます。3回転フリップの転倒は、その長所の裏返し。勢いがちょっとあり過ぎて、コントロールが効きませんでした。
ただ、せっかくの恵まれた身体を、まだ存分には使い切れていない印象も受けました。今回は緊張が邪魔したのでしょうが、もっと洗練されていけば、さらに伸び伸びと優雅に、身体全体を大きく動かせると思います。私のなかでは、今年10月の体操の世界選手権で、女子ゆかの金メダルを獲得した村上茉愛選手のイメージが重なっています。日本の女子フィギュア界にはなかなかいないタイプの、スケールの大きな選手へと成長してくれるのを期待しています。
転倒してもなお、圧倒的だったメドべージェワ
いまやエフゲニア・メドベージェワが優勝に誰も驚きはしませんが、今回のFS最後のダブル・アクセルの転倒には、世界中のフィギュア関係者が驚いたのではないでしょうか。なんでも公式戦での転倒は、昨シーズンの「フランス杯」以来らしいのですが、転倒した当の本人が転んでいる途中から、すでに笑い始めてしまっているのですから。まさにご愛敬です。
2位のカロリーナ・コストナー(イタリア)が、30歳ならではの美しさに満ちたノーミスの演技をしたにも関わらず、1度転倒したくらいでは、まったく順位に影響しない。今シーズンも変わることなく、競技性と芸術性が高いレベルで融合した演技を披露してみせました。むしろ「あのメドベージェワでもミスをするんだ。正確無比な機械じゃないんだ」とばかりに人間味を感じさせて、チャーミングに映ったくらいです。もしかすると平昌(ピョンチャン)五輪が終わるまで、これが最初で最後のミスだったかもしれません。
そのくらい、いまの女子フィギュア界において、メドベージェワの存在は突き抜けてしまっています。10代のロシアの女子選手によくある、心身のコンディションの浮き沈みもまったくありません。正直ちょっとやそっとのことでは、いまの彼女には太刀打ちできません。平昌五輪ダントツの金メダル候補です。