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佐野稔の4回転トーク 17~18シーズン Vol.① 優勝は逃した羽生だが、平昌五輪に向けては収穫あり~ グランプリ・シリー ズ第1戦「ロシア杯」を振り返って

4回転ルッツへのこだわりが、直後のループの失敗を招く

五輪シーズンの本格的な開幕を告げる「ロシア杯」は、SP(ショート・プログラム)首位のネーサン・チェン(アメリカ)が逃げ切って、グランプリ・シリーズ初優勝。FS(フリー・スケーティング)の冒頭で、4回転ルッツに初めて成功した羽生結弦でしたが、総合わずか3.02点の差でチェンに及びませんでした。

今回の羽生の4回転ルッツへのこだわりは相当なモノだったようです。回転軸が傾いてしまい、もし練習だったら、転倒するなり手を着くなりしていてもおかしくないジャンプでした。そこをなんとか右足で踏ん張ってみせましたが、腰を落として深く沈み込んで耐えた分、足に大きな負担が掛かってしまいました。続く4回転ループのタイミングがズレて3回転になってしまったのは、最初のルッツのギリギリ耐えながらの着氷が影響したと見て間違いありません。

9月に出場した「オータム・クラシック」のFSでは、最初のジャンプが1回転になってしまうミスがありましたが、入り方や踏み切った瞬間の様子から、羽生はあのときも4回転ルッツを狙っていたようにしか、私には思えないのです(羽生本人は否定していますが…)。今回の「ロシア杯」の勝利を狙うだけなら、4回転ルッツにこだわらない選択もあったでしょう。ですが、羽生の目標はあくまで平昌(ピョンチャン)五輪での金メダルです。今回の試合後のインタビューで「守ることや捨てることは、いつでもできるので」と話していましたが、そのためにもシーズンの早い時期に、4回転ルッツを組み込んだ、攻めのプログラムに挑戦しておきたかったのでしょう。けっして完璧な4回転ルッツではありませんでした。それでもGOE(出来栄え点)では加点が付きました。2位に終わったとはいえ、五輪連に向けたひとつのプロセスだと捉えれば、収穫の大きな大会でした。


右ヒザ痛の不安は払拭、次のテーマは滑り込んでの精度の向上

「オータム・クラシック」のときは右ヒザの痛みから、ジャンプの難易度を下げた構成にしていましたが、今回はそうした不安を感じさせる場面がありませんでした。ただ、SPの冒頭で着氷が乱れた4回転ループや、後半の4回転トゥ・ループからのコンビネーションジャンプは、高さに欠けていました。痛みそのものの影響と言うより、痛みの回復を図っていたことで、滑り込みが不足しているように感じました。あるいは、4回転ルッツの練習に時間を割き過ぎて、そこまで手が回らなかったのかもしれません。

SPのプログラムを3シーズン続けて「ショパンのバラード第1番ト短調」にしたこと、そしてFSは2シーズン前と同じ「SEIMEI」を採用したことについては、賛否意見の分かれるところでしょうが、私はメリットのほうが大きいと考えています。これらのプログラムには、世界最高得点を叩き出した「これぞ羽生結弦」といった良いイメージが、観る人の脳裏に刻み込まれています。そして、すでに曲調が身体に染み込んでいるため、早い段階から難度の高い取り組みに着手することができるからです。

実際「ロシア杯」では、ジャンプのミスが複数ありながら、演技構成点はSP、FSとも、羽生が出場選手のなかで最も良い評価を得ていました。もちろん2シーズン前より、はるかに難しいプログラムになっているだけに、今後はミスのない演技を揃えることができるよう、滑り込みを重ねて精度を高める必要があります。


持ち前の表現力を発揮し始めたネーサン・チェン

優勝したネーサン・チェンについては、格段の成長の跡がうかがえました。以前にも指摘しましたが、彼はしっかりとしたスケーティング技術の基礎を身に付けていて、ジュニア時代からひじょうに踊れる選手でした。ですが、昨シーズンのFSなどは、乱暴な言い方をすれば、ただ走って跳んでいるだけ。おそらくは4回転が跳べなかったら勝負にならない時代だからと、ひとまずジャンプのレベルアップを最優先に取り組んでいたのでしょう。

それが今大会のチェンの演技はとても練れていて、ステップもシッカリと踏んでいました。FSの演技構成点は88.40点でしたが、もっと高い点数が出ていてもおかしくなかった。それくらい素晴らしいスケーティングでした。あれだけのステップをこなすには、かなりの体力を必要とします。そのためか、後半のジャンプでは失速してしまいましたが、あの空中姿勢が美しく回転の速い4回転ジャンプを5種類持っている。それでいて表現の面でも、持ち前の実力を発揮し始めた。近い将来、ネーサン・チェンが男子フィギュア界の主役になる可能性は充分あります。