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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(197) 緊急事態に史上初の対応。パラアスリートの力の見せどころ!

今号では、パラスポーツ史上、異例の事態についてリポートします。実は9月30日にメキシコシティで開幕予定だったパラ水泳とパラパワーリフティングの世界選手権が、日本時間9月20日未明に現地で発生した大地震を受け、国際パラリンピック委員会(IPC)によって延期されました。IPC主催大会としてこうした形での延期は初の事例だそうです。まずは、地震で犠牲となった方々のご冥福を祈り、被災者の皆さんにお見舞い申し上げます。

さて、日本チームとしては水泳の日本代表(24選手)中、半数の12選手と一部スタッフの皆さんが、事前合宿も兼ねてすでに現地入りしていましたが、すぐに全員の無事が確認され、9月末までに全員が帰国されたことは幸いでした。報道によれば、宿泊していたホテルには窓ガラスや外壁が破損するなどダメージもあったそうで、選手たちもかなり怖い思いをしたようです。犠牲者も数百人と言われ、市街地の被害も相当なようで、大会延期はやむを得ない判断だったと思います。

9月2日~3日に東京・辰巳国際水泳場で開催された、「2017ジャパンパラ水泳競技大会」より。パラ水泳は一般の水泳とほぼ同じルールで行われるが、補助具などは使わず、選手は個々の特性を活かしたスタイルで泳ぐ。スタートも飛び込みだけでなく、水中からのスタートも認められている。(撮影:星野恭子)

でも、水泳、パワーリフティングともに同大会は昨年のパラリンピック以来、初の大舞台。2020年東京大会への第一歩となる重要な位置づけの大会でもありました。2競技の世界選手権が同時開催されるのも史上初で、「2017パラスポーツフェスティバルinメキシコシティ」として開催国メキシコにとってもパラスポーツのさらなる普及への重要な契機となるはずでした。

私は特に水泳を事前取材していたのですが、世界選手権は4年に1度、世界一を決める大会で、8回目となるメキシコ大会には60を超える国と地域から約550選手が出場予定。現状の実力を確認する格好の舞台であり、日本もさまざまな準備を重ね臨もうとしていました。

例えば、会場のメキシコシティは標高約2,250mと富士山5合目ほどの高地なので、日本チームは低酸素環境に合わせて海外での高地合宿(2回)や国立スポーツ科学センター(JISS)の低酸素室を利用した合宿などを通して心肺機能を強化するとともに、選手の障がいに対する低酸素環境の影響なども慎重に検討していました。そうして作りあげたチームは昨年のリオ代表に加え、リオを逃がし悔しい思いをした選手や次世代を担う若手選手などが融合した充実の戦力。峰村史世監督も、「3種類のメダルを複数個狙えるだけのチーム力がある」と、3年後の東京大会へ向けた楽しみな布陣でもありました。

とはいえ、地震によって大会会場や宿泊施設にも損害が出た状況では大会開催どころではありません。まずは被災者の救済と現地の復興が最優先です。IPCは延期を発表して以降、「代替地での開催も含めて検討中」という以外は9月末時点で新たな発表はまだなく、このまま大会中止となってしまう可能性も大です。国際経験という貴重な機会という意味でも、選手たちには残念な思いもあるかもしれませんが、モチベーションを保ち、これからの目標に向かっていってほしいなと思います。

「2017ジャパンパラ水泳競技大会」の事前記者会見(9月1日)に出席した4名の海外招待選手と、世界選手権での活躍も期待された日本選手たち。前列左から、小池さくら選手、鈴木孝幸選手、後列左から、池愛里選手、北野安美紗選手、井上舞美選手。(撮影:星野恭子)

また、パラパワーリフティング日本代表も、男子は9階級14名、女子は2階級3名、さらにジュニア部門に2階級2名の計19名の派遣が決まっていました。選手の皆さんには次の目標に向けて気持ちを切り替え、さらなる活躍を期待したいです。

ちなみに、パラパワーリフティングは下肢に障がいのある選手を対象とし、台上に仰向けに横たわった状態から腕力だけでウエイトを持ち上げるベンチプレス競技です。1964年東京大会からパラリンピックの正式競技になっています。バーベルを一度胸まで下ろして一瞬静止してから、一気に腕を伸ばして挙上する競技です。男女別体重別の階級制で競い、3回の試技で最も重い記録で順位を争います。リオパラリンピック金メダリスト、イランのシアマンド・ラーマン選手(107kg超級)が310kgの世界記録をマークするなど、驚異の身体能力が見どころの競技です。

ところで、IPCは復興支援としてすでに、ユニセフと共同で募金活動をスタートさせています。すでに、大会スポンサー企業などが募金したそうです。また、メキシコのパラアスリートたちも自主的に支援活動に参加し、家を失った人たちに飲料水や食物、衣服などを配布したり、子どもたちに遊具をプレゼントしたりしているそうです。IPCのアンドリュー・パーソンズ会長は、「パラアスリートたちの姿は被災者の皆さんに大きな勇気を与えることでしょう。選手としてだけでなく、人間としても素晴らしい」と、彼らの行動力に謝意を表しています。

自然災害という想定外のアクシデントですが、2020年東京大会を控えた日本にとっても、いろいろ考えさせられる事態です。これも一つの経験として、選手も関係者も、そして、私たちメディアもファンも前を向き、精一杯の努力を続けていくことが大事だと思います。今後また動きがあったら、リポートします。

(文・写真:星野恭子)