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佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.⑰ 2017世界選手権を振り返って ~ パート②

ロシア対カナダ。対極にある相手との好対照な面白さ

 優勝したエフゲニー・メドベージェワをはじめとするロシア勢と、2位ケイトリン・オズモンドと3位ガブリエル・デールマンのカナダ勢。女子のほう、両国の真っ向対決の様相を呈しました。ロシアの選手たちがアーティスティックな表現を志向しながら、基礎点が1.1倍になる後半にジャンプを集めるなど、ルールを最大限に利用して得点を稼いでいくのに対して、カナダの選手たちはそんなことお構いなしに、演技冒頭からパワフルに跳んでいく。より高くより遠くへ。ロシア勢の倍くらい跳ぶ大きなジャンプで、アスリートとしての迫力を前面に押し出していきます。体型にしても、ロシア勢がか細く少女の面影を残しているのに対して、大人の女性らしい身体付きをしたカナダ勢と、ひじょうに好対照です。対極にいる相手同士による、図式のハッキリとした戦いが展開されたことで、観ていてひじょうに楽しめました。


責めるには酷な三原、樋口、本郷

 ショート・プログラム(SP)の最後に予定していた3回転フリップが、2回転になってしまった挙句に転倒。茫然自失となっていた三原舞依ですが、中1日空いてのフリー・スケーティング(FS)では、ノーミスで滑り切っての10人抜きと、見事なリカバリーをしてみせました。メダルには手が届かなかったものの、FSの技術点だけを切り出してみれば74.40と、メドベージェワの78.27に次ぐ、2番目に高い得点だったのです。まだ可憐さを残す三原ですが、スケーターとして持つ本質は、おそらく‘カナダ流’。つまりはアスリート性の高さで勝負するタイプだと思います。強さと可能性を見せてくれました。

 樋口新葉もSPはノーミスで滑り切りました。三原同様、いまの自分にできることを、しっかりとやってくれた印象です。滑走順の関係で、樋口がフリー・スケーティング(FS)を始める時点では、三原が首位にいました。そのことがプラスに働けば良かったのですが、もしかすると‘自分の頑張り次第では、日本の五輪の出場枠を「3」にできるかもしれない’との責任感が、かえって緊張感を呼び込んでしまったのかもしれません。

 世界選手権初出場となる10代のふたりが背負うには、「五輪3枠」はあまりに重たい荷物でした。本郷理華についても、出場が決まったのは大会の1週間前だったのです。いくら補欠選手に選ばれていたとはいえ、あまりに酷な状況でした。負傷のため、無念の欠場となった宮原知子を含めて、彼女たちを責めることはできません。

 いわゆるスケート大国であっても、世代と世代に間隔や狭間が生じることは避けられません。出場枠が2枠になったことで、それでなくても大変な平昌五輪の代表争いが、さらにシビアになることは間違いありません。今回の3選手のほかにも、エースの宮原がいて、最後の五輪挑戦になるであろう浅田真央がいて、さらに本田真凜、坂本花織のシニア転向が予定されています。まさに群雄割拠です。連盟の小林芳子強化部長も話していたように、この狭き門を目指す戦いが、誰が代表に選ばれても世界の頂点に立てるくらい、日本女子全体のレベルアップにつながってくれればと思います。


もはや‘フィギュアの枠’を超えたメドベージェワ

 女子ではミシェル・クワン(アメリカ)以来となる、世界選手権2連覇を達成したエフゲニー・メドべージェワですが、これで今シーズン出場したすべての大会で、SP1位、FS1位の完全優勝。すべての演技をほとんどノーミスでやり遂げたことになります。あり得ない話です。いったいどんな練習をすれば、そんなことが可能になるのか。ちょっと想像がつきません。ひとり異次元にいるスケーターです。

 彼女は氷の上を滑っているのではなく、氷上で踊っています。リンクを完全に舞台化しています。最初にスケートがあって、そのなかでできる表現を探しているのではなく、まず表現したいことが先にあって、そのために適したひとつの方法がスケートだったと、そのくらいの感覚ではないでしょうか。メドベージェワのプログラムは、もはやフィギュアの枠を超えています。

もちろんフィギュアにはアートの要素があるのですが、彼女は完全にアーチストの領域にいます。そうしたほうが美しいから両手を上げて3回転-3回転のジャンプを跳んでみせると、それがフィギュアの技術として難しいことになっている。歴代たくさんの名スケーターがいますが、そうした選手たちと比較をしても、彼女は異質の存在です。これまでいなかった選手です。並大抵のフィギュアでは、いまのメドベージェワには対抗できません。


新しい風をこれからも吹かせて欲しいプルシェンコ

 この世界選手権の期間中、ロシアからエフゲニー・プルシェンコの引退のニュースが届きました。ソチ五輪の団体戦で、彼の演じた「ベスト・オブ・プルシェンコ」がとにかく格好良くて、ものすごく印象に残ったのですが、結果的にあれが彼の競技人生における、最後の滑りになってしまいました。

 プルシェンコといえば、やはり90年代後半から2000年代初頭にくり広げられた、同じロシアのアレクセイ・ヤグディンとの死闘を思い出します。自分の担当する生徒を連れて、ふたりの戦いを観に行ったこともあったくらいです。プルシェンコの跳ぶ4回転ジャンプからのコンビネーションは衝撃でした。

コーチとして平昌五輪に帯同することを希望しているそうですが、彼ならきっとロシアのフィギュア界に新しい風を吹かせてくれることでしょう。何も遠慮することなく(笑)、どんどん日本にも指導に来て欲しい。彼に教えて欲しいと思っているスケーターは、日本にもたくさんいます。