佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.⑯ 2017世界選手権を振り返って ~ パート①
とにかく面白かった。夢のような時代の世界選手権
男女どちらも、とにかく面白い大会でした。特に男子については、これほどレベルの高い世界選手権は久しぶりかもしれません。四大陸選手権のときは、300点を超えても優勝できないことに驚かされましたが、今回は300点を超えても表彰台に立てない大会になりました。
ショート・プログラム(SP)の段階から、世界ランキング最上位の選手が集まる最終グループでなくてとも、4回転ジャンプを次々と跳んでいく。まだ「3回転の時代」でしたが、私自身ジャンプにこだわりを持って競技生活を送ってきたスケーターでしたので、夢のような時代が到来したのだと、なおさら感慨深いものがあります。遊園地やテーマパークに連れていってもらった子供のように思わずワクワクしながら、今回の世界選手権を観ていました。「フィギュアスケートって、こんなに面白いんだ」と、あらためて気づかせてもらいました。
闘志を内に秘め。4回転サルコゥのトラウマを払拭した羽生
3種類の4回転ジャンプを完璧に成功させて、歴代最高となる223.20点。羽生結弦のフリー・スケーティング(FS)の演技は、非の打ちどころがありませんでした。今シーズン何度も何度も持ち越していた目標を、ようやく最後にやり遂げることができました。
シーズンの序盤はジャンプに集中するあまり、表現面が後回しになった傾向がありましたが、試合を重ねるごとに演技構成も磨きあげられてきました。去年10月のグランプリ・シリーズ「スケート・カナダ」では88.12だったFSの演技構成点が、今回は97.08とほぼ満点でした。失速気味に終わった昨シーズンの反省と、来年2月に開催される平昌(ピョンチャン)五輪を念頭に、今シーズンは後半戦に照準を合わせているとの声が、羽生陣営から聞こえていましたが、この結果を見せられたら、それも納得です。
またしても「4回転サルコゥ+3回転トゥ・ループ」のコンビネーションでミスを犯し、SPを5位で終えた時点では「ある種のトラウマになっているんじゃないか」「結果が出ていない以上、克服できていないということ」だと、私はかなり厳しい見方をしていました。ですが、この大舞台での成功によって、4回転サルコゥに付きまとっていたマイナスのイメージも、完全に払拭できたことでしょう。
じつはFS直前の6分間練習のため、リンクに出てきた羽生の様子が、私にはいつもと違うように感じられました。普段の彼でしたら、観客に向かって手を振ったり、笑顔を見せたりするのに、そういった姿がまるで見られなかったのです。もしかしたら、不安を抱えたままの状態でリンクに立って、声援に応えられるだけの心の余裕がないんじゃないか。そんな嫌な予感がしていたのです。
ところが、最初の4回転ループから、徐々にプログラムが進むにつれて、羽生の滑りにスピード感と力強さがみなぎっていきました。課題だったコンビネーションの4回転サルコゥは、SPでミスしたときのように体重が進行方向に流れてしまうこともなく、まるで何年も前に完成させていたかのような素晴らしい出来栄えでした。私の予感は杞憂に終わりました。
ただ、あれだけの演技を終えた直後にも、喜びを爆発させて表にするのではなく、「どうだ見たか。これが羽生結弦だ」とばかり闘志を内に秘めたような表情をしていました。あの顔つきを観たとき、今回の羽生はすべての力を自分の内側に蓄えようとしていたのではないか。極限まで自分自身と向き合おうとしていたのではないか…。そんな風に推測すると、いつもと違った試合前の様子も、私なりに合点がいったのです。
羽生最大のライバルに浮上。王者の背中を捉えた宇野昌磨
一番滑走の選手にあれだけの演技をされたら、そのあとの最終グループの選手たちは、正直やりにくくて仕方なかったハズです。2月の四大陸選手権では、300点超えした羽生のさらに上を行ってみせたネイサン・チェン(アメリカ)でしたが、さすがに今回ばかりは本来の滑りができませんでした。そんななか動じることなく自分の滑りを最後までやり切ったのが、ボーヤン・ジン(中国)と宇野昌磨でした。ふたりが表彰台に昇ったのは、その結果だったと言えます。
今シーズンはミスをくり返し、なかなか成績の伴わなかったボーヤン・ジンですが、プログラムそのものは高く評価できるものでした。ローリー・ニコルの振り付けによるFSの「道」は茶目っ気あふれる内容で、これまでとは違った彼の魅力を引き出されています。そうした新しい挑戦の成果がやっと、この世界選手権で現れました。わずか1シーズンで同じ選手が、これほどまでに変身できるものなのだと感心しました。
宇野については、SP、FSのいずれも自己最高得点。国際スケート連盟(ISU)公認大会で、初の300点超えを達成しての銀メダルですから、大いに拍手を送りたい…のはヤマヤマなのですが、FSの3回転ルッツで着氷の乱れがなかったら、総合得点で羽生を上回っていた可能性がありました。それだけに達成感半分、悔しさ半分といったところではないでしょうか。
逃した魚は小さくありませんでしたが、このところの宇野の成長ぶりには目覚ましいものがあります。たとえばトップスケーターのなかには、4回転ジャンプの種類を増やしたくても、なかなか習得できずに苦労している選手がたくさんいます。ところが、今シーズンの宇野はフリップとループ、2種類の4回転ジャンプを、たて続けに自分のモノにしていきました。センスが違います。すでに4回転サルコゥも準備しているようですし、どうやら4回転ルッツにも挑戦中だと聞きます。「男子三日会わざれば、刮目して見よ」と言いますが、いまがまさに伸び盛りの若者です。
四大陸選手権とアジア大会の連戦のあと、ルクセンブルクでのプランタン杯に出場してから、この世界選手権に臨んだように、宇野陣営は実戦を数多くこなす方針を採っています。これもまた若さの特権だと言えます。誰もが真似できるやり方ではありませんが、今回の銀メダルで、自分の進んできた道は正しかったのだと、自信を深めたことでしょう。
たとえ相手が羽生結弦であろうと、自分がSP、FSとノーミスで演技をやり切れば、勝てるチャンスもあることを、宇野は今回の世界選手権で証明してみせました。ずっと追いかけ続けてきた背中は、もう完全に見える位置にあります。対する羽生にしてみれば、最大のライバルの誕生と言えるかもしれません。越えたい宇野と、負けたくない羽生。日本フィギュア界にとっては、頼もしい限りです。
4種類目の4回転ジャンプを採り入れるのか。3種類で5回跳ぶのか。いずれにせよ強靭な体力が必要になります。演技構成にも磨きをかけたい。平昌五輪の男子フィギュアFSが行われる2018年2月17日。はたして、どんな結末が待っているのか。今シーズンのクライマックスとなった世界選手権は、来シーズンの五輪に向けた華々しいスタートとなりました。