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佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.⑮ 2017冬季アジア大会を振り返って

宇野とボーヤン・ジンの勝敗を分けた「ミスの内容」

 冒頭の4回転ループに終盤のコンビネーション・ジャンプと2度の転倒がありながら、宇野昌磨がショート・プログラム(SP)2位から逆転。相手のボーヤン・ジン(中国)とわずか1.19点差と、薄氷の勝利ではありましたが、日本男子としては青森で開催された03年大会の本田武史以来となる、アジア大会金メダル獲得となりました。

 ふたりのフリー(FS)での得点を細かく見ていくと、宇野が技術点103.14、演技構成点87.70、それに減点2.00があって188.84点。ボーヤン・ジンのほうは技術点103.62、演技構成点83.60の187.22点でした。プログラム全体のスケーティング技術や要素のつなぎ、曲に合った身のこなしや解釈などが問われる演技構成点で、宇野は4点以上のリードを奪ってみせました。このことが、逆転勝利の第一の要因です。

 また2度転倒した宇野に対し、ボーヤン・ジンの大きなミスは、ふたつめのジャンプに予定していた4回転サルコゥが、タイミングが合わずに回転数が減ってしまう、いわゆる「パンク」をして、2回転サルコゥになったことだけでした。なのに、なぜ宇野が逆転できたのか。不思議に思われるかもしれません。

 たしかに、宇野の演技冒頭の4回転ループは転倒したことで、GEO(出来栄え点)が「-4」となりました(4回転ジャンプの場合、7人のジャッジ全員が「-3」だったとき、GOEは「-4」になる)。ですが、4回転ループは基礎点12.0の大技です。それに対して、2回転サルコゥの基礎点は1.3にしか過ぎません。転倒のマイナス分を補って余りある、大きな差があるのです。

 また基礎点が1.1倍になる演技の後半に、宇野は4回転ジャンプをふたつ、トリプル・アクセル、さらに予定していたコンビネーションが単発になったのをリカバリーする、3回転サルコゥからの3連続コンビネーションと、高難度のジャンプをまとめてみせました。ボーヤン・ジンのほうは、そこまで難しいジャンプを、後半に組み込んではいませんでした。このため、2度の転倒をしていながら、技術点のほうも、ボーヤン・ジンとの差を最小限にとどめることができたのです。

韓国・江陵(カンヌン)での四大陸選手権が終わってから、わずか中4日。互いにひじょうに過酷なスケジュールのなか、それぞれミスは出ましたが、結果的には最後まで攻めに攻めて攻め切って、潔いミスをした宇野のほうに軍配が上がったのです。

進化がみえたボーヤン・ジン。審判への印象付けが欲しい無良

 銀メダルに終わったボーヤン・ジンですが、これまで数々の名作を手掛けてきたローリー・ニコルの振り付けのもと、今シーズンはSPが「スパイダーマン」、FSでは「道」と、新しいチャレンジに取り組んでいます。今回は宇野に及ばなかったとはいえ、その演技構成点は着実に伸びてきています。このところネイサン・チェン(アメリカ)にばかり注目が集まっていましたが、もともと‘新しい4回転ジャンプの時代’の扉を開いたのは、この選手です。いずれ近いうちにチェン同様、4回転4種類5本のプログラムに挑んでくるでしょう。来月の世界選手権(3月29日~。ヘルシンキ)、そして来年の平昌(ピョンチャン)五輪と、間違いなく日本勢の前に立ちはだかってくる存在です。

 表彰台には届かなかった無良崇人ですが、全体的に良い内容だったと思います。本人もやや不満な表情を浮かべていましたが、SPなどはもう少し高い点数が出るのではないかと思いました。今シーズンはFSで崩れることが続いていただけに、最後によく立て直してきました。

ただ、今回私が感じたのは、点数を稼ぐための見せ方に、もっと意識を置いてもいいのではないか、ということです。たとえばジャンプを跳んだあとに、大きな笑顔で審判に訴えるようなアピールが、最近のフィギュアでは一種の流行になっています。またそれが必要とされてもいます。「大人の男に、そんなの必要ないぜ」とばかりに硬派を貫くのも、それはそれで嫌いではありませんが(笑)、せっかく良いジャンプを跳んでいるだけに、それを無良自身が最大限にどう活かすのか。初めての五輪出場を目指して、さまざま創意工夫をしてくれればと思います。

ケガと隣り合わせの、いまのフィギュア

 ケガの宮原知子とインフルエンザの坂本花織の欠場によって、日本女子唯一の出場となった本郷理華でしたが、逆転優勝の可能性もあったFSで、冒頭からジャンプのミスを連発。彼女にとっては辛い大会になってしまいました。本郷のメインコーチである長久保裕先生も「今シーズンは、ずっと状態が良くないんだよ」と話していたのですが、報道によると、去年の夏から左足のくるぶしを痛めていたとのこと。今シーズンの途中で、FSのプログラムを「アラビアのロレンス」から、昨シーズンの「リバーダンス」へと変更したのも、もしかしたら、そのあたりの影響があっての決断だったのかもしれません。

 いまのフィギュアは、急激に技術が高度になり、競技が先鋭化されています。その分、身体に掛かる負担もひじょうに大きくなり、常にケガと隣り合わせになっています。宮原の左股関節の疲労骨折というのも、これまではあまり聞いたことのない症状です。同じことはジュニアにも当てはまります。男子で4回転、女子では3回転-3回転のジャンプが特別なことではないくらい、技術レベルが上がってきています。ですが、低年齢のカテゴリーのほうが、身体ができあがっていないだけに、ケガのリスクが高くなります。実際ネイサン・チェンはケガにより、昨シーズンの後半戦を棒に振ることになりました。怖い時代でもあります。

 もうひとつ、最近私が気になっているのは、スケート靴が足に合わずに悩んでいる選手が、世界的にひじょうに多いことです。以前はそれこそ靴職人の方が、その選手の足の形や滑りの癖などに合わせた‘一点物’を作ってくれていました。いまではメーカーの技術や素材の開発が進み、大量生産が可能になったおかげで、入手しやすくなった反面、最適な一足と出会うのは難しいのかもしれません。足に合わないスケート靴はケガにつながります。ほかにも食生活やトレーニング方法など、考えなくてはいけないことがたくさんあります。指導者がうまく選手にブレーキをかけてあげることも必要でしょう。ケガのために競技生活をあきらめなくてはならないほど、残念なことはありません。くれぐれも気をつけて欲しいと思います。

 今回の大会では、普段はなかなか観る機会のない選手たちの演技を知ることができました。四大陸選手権にも出場していたマレーシアのジュリアン・ジー・ジェイ・イーが、鮮やかなトリプル・アクセルを成功させたり、女性の肌の露出が制限されているイスラム圏のザーラ・ラリ(UAE)が、髪の毛から足元までを覆った衣装で演技をしたり。いまアジアでフィギュア人気は、ものすごく高まっています。レベルもどんどん上がっています。そうした裾野の拡がりをあらためて感じました。