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佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.⑪ 2016全日本選手権を振り返って~男子編

羽生の欠場で「独特の圧迫感」がさらに高まった男子

全日本選手権が行われるたびにコメントしているのですが、日本のフィギュア・スケートに関わるすべての人たちにとって、この大会は「特別な大会」なのです。私の現役時代もそうだったのですが、いつもと同じ顔触れのメンバーで、同じ構成の演技をしているのだけども、いつもとは違う独特の圧迫感があるのです。それが大会の伝統や格式なのかもしれませんが、現場の会場に実際に足を運んだことのある人には、その空気を理解していただけると思います。なかには「全日本と較べたら海外の大会のほうが、ずっと気が楽」と言う選手がいるほどです。

 しかも今回の男子は、3連覇中の羽生結弦がインフルエンザで欠場したことによって「誰が勝っても初優勝」の大会になりました。ただでさえ「魔物が棲んでいる全日本」に「初タイトル」の重みが加わったことで、自分本来の演技をできる選手のほうが、むしろ少ないくらいの状況になりました。

全日本初優勝の宇野には、今後の300点超えを期待

 こうした背景を踏まえて、私は大会前に「さすがの宇野昌磨も、ものすごく素晴らしい滑りをするのか。あり得ないくらい大崩れするのか。どちらか極端な演技になるんじゃないか」と予想していました。実際のところ、SP(ショート・プログラム)では、果敢に挑んだ冒頭の4回転フリップ-3回転トゥ・ループのコンビネーションは着氷が乱れ単発に。代わりにコンビネーションにしようとした次の4回転トゥ・ループは転倒と、立て続けてのミスとなりました。

ただ普通は、SPの3度のジャンプでミスを2つ犯せば、致命傷になるものです。それでも宇野は後半のトリプル・アクセルや演技構成点で高得点を出し、SPを終えた時点で2位に付けてみせた。そして最大の勝因は、やはりFS(フリー・スケーティング)で、4回転ジャンプを2種類跳んだことです。フリップ、トゥ・ループのどちらもギリギリで踏みとどまった、出来栄え点がマイナス評価のジャンプにはなりましたが、元々の基礎点が大きい分、4回転ジャンプが1種類だった選手たちの上を行きました。演技後半も決めるべきところでは外すことなく、逆転での全日本初優勝を呼び込みました。

 今回の宇野の構成は、SP、FSいずれもノーミスで終えられたなら、充分に300点台の出るプログラムです。本人のなかでも、300点台が夢のスコアではなく、射程圏に捉えることができたのではないでしょうか。シーズン後半戦はSPで出遅れることなく、史上3人目の300点超え、そして直接対決での羽生結弦越えを目指していって欲しいと思います。

「第3の男」には、田中刑事が名乗り

NHK杯に続く表彰台で、世界選手権初出場の切符も掴んだ田中刑事ですが、昨シーズンまでとの違いと言えば、4回転ジャンプに安定感が出てきたことでしょう。これまでは何度も何度も挑戦しては、高い壁に阻まれてきた印象があったのですが、昨シーズンのNHK杯でようやく4回転サルコゥを初成功させると、ここに来てコンスタントに試合で決められるようになってきました。

 ノービス時代から、同い年の羽生結弦と、勝ったり負けたりをくり返してきた間柄。以前から基本に忠実なスケーティング技術に定評があり、まだまだ伸び代のある選手です。この機会に大きく飛躍してくれれば、平昌(ピョンチャン)五輪が一層楽しみになります。

 この結果、宇野、田中、そして羽生の3選手が、年明けの四大陸選手権、世界選手権の両代表に選ばれました。もちろんこれは今度の四大陸選手権が、来シーズン18年の平昌五輪と同じ、今月完成したばかりの新たな会場「江陵(カンヌン)アイスアリーナ」で開催されることを考慮してのものです。事前に五輪本番と同じ会場での大会を経験できることは、欧州圏の選手たちに較べて有利なように思えますが、たとえばソチ五輪のプレ・シーズンのGPファイナルが、やはり五輪会場だった「アイスバーグ・スケート・パレス」で行われたように、これはある意味‘お互い様’のことです。どのような条件に恵まれようと、それを活かせるかどうかは、競技する選手次第であることは言うまでもありません。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉