インド・グジャラート州を巡る旅③ 〜歴史建築と近代建築〜 (東海林美紀)
アーメダバードは1414年にパタンに変わってグジャラートの州都になり、それ以来、グジャラートを代表する様々な建築が生み出されてきた。16世紀のラ二・シプリ建築群のモスクと霊ちょうはその建築構造と格子細工、ジャリスで有名だが、最も有名なものはシディ・サイヤド・モスクのもので、格子細工の仕切りがアーメダバードのシンボルになっている。
独立後も繊維産業の中心地としての成長とともに、アーメダバードの建築は繁栄した。ル・コルビジェやアメリカ人建築家のルイス・カーンの作品が多く建てられ近代建築の聖地とまで呼ばれるようになり、コルビジェは1951年以降、何度もインドに渡っては州議事堂や住宅などの建設にあたった。1954年に建てられた繊維業会館は窓に縦横のスリットが取り付けられ、内部の色使いは原色が用いられたモダンなデザインになっている。これらの建築を見るためにアーメダバードを訪れる人も少なくない。
バヴナガールは18世紀にできた地方都市で、現在でも古い街並が残り、当時の面影が色濃く残る。王族貴族たちが暮らしていた宮殿は、その子孫が経営するヘリテージホテルとして生まれ変わり、国内外からゲストを迎えている。中心街から少し離れたところにある二ランバーグ宮殿ホテルは、1850年代にガーデン・バンガローとしてドイツ人建築家によって設計された建物だ。
バヴナガールから100キロほど先にあるパリタナの郊外のシャトゥルンジャヤの丘には、約863もの寺院が立ち並んでいる。アディナート神がこの地に降臨し、その弟子が涅槃の境地に達した場所と信じられているこの場所はジャイナ教の聖地とされ、多くのジャイナ教信者が巡礼に訪れる。
パリタナの街中に入りシャトゥルンジャヤの丘に続く道にも、両脇に寺院が並んでおり、その内部も見学出来る。これから巡礼に向かういくつもの異なるグループが歌や踊りで盛り上がり、熱気が伝わってくる。
ジャイナ教の修行生活に関する規定は多くあるが、そのひとつにアヒンサーがある。これは、生き物を傷つけることを禁止したもので、空気中の虫や微生物を殺さないようにと白い布を口元に巻いている人も多い。また、根菜類も植物の殺生につながることから、タマネギやニンニクなども食べられていない。
(文・写真:東海林美紀)