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メルケル首相訪日で判った日独政権のズレ

 メルケル首相の訪日は何と洞爺湖サミット以来3回目だった。主な目的は今年のG7先進7カ国首脳会議の議長国として会議の成功に向けて議題などを事前協議するためで、1泊2日の短いものだった。

 

 7回に及んでいる中国訪問は巨大市場開拓のためだ。

 一方日本訪問に消極的なのは合理的なメルケル首相、ドイツが国を挙げて進める脱原発・再生可能エネルギーへの転換と環境技術の促進に日本が消極的で、訪問しても成果が期待できないためだった。

  ドイツは自分が主導する「再生エネルギークラブ」への参加を日本にも呼びかけたが日本は参加せず、中国は参加している。

 

 両国関係が疎遠な理由の一つとして無視できないのは、日本政界・言論界の右傾化、特に安倍政権の、自由や人権・民主主義への姿勢にメルケル首相はじめドイツ政界・言論界の不信感があるからだ。

 また、特に甚大な被害を受けた隣国・中国との歴史を直視せず歪めた史観を国民に植え付けようとする姿勢は地域の平和と安定を損ねかねないと危険視してもいるからだ。

 2013年12月安倍氏が靖国参拝した後にはドイツ政府報道官が、“地域の緊張を高める行為を慎み、外交解決を“と安倍政権に苦言を呈してもいる。

 

 また、安倍政権の経済・財政・金融政策(いわゆるアベノミクス)についてもドイツ政界・言論界、経済界では批判的な見方が強い。

 

 日本のマスコミはメルケル首相が日本との関係強化に乗り出した、と報じるが、こうした政治、経済、外交分野での両政権の違い、ズレが短い訪問で埋められる訳がない。

 筆者個人は、メルケル首相の訪日は基本的にG7首脳会議に向けた準備・地ならしのためだったと見ている。

 

(以下カッコ内は筆者)

*)今回の訪日でメルケル首相が朝日新聞(ベルリンの日独センターと共催)の講演会に臨んだのは象徴的だった。

(講演会を主催したのでメルケル訪日については朝日新聞が詳しく報じているので読まれることをお薦めする)

 

 ドイツ・メディアは安倍政権が、従軍慰安婦問題の報道で朝日新聞の一つの誤報を利用して朝日新聞攻撃をしている事を押し並べて批判している。メルケル首相はその事を勿論充分承知している。メルケル首相の講演と質疑応答にも日本人として考えさせるモノが多い。

 

*)メルケル首相は自分が社会主義一党独裁体制下、35年間、言論・報道の自由の無い旧東ドイツで育った体験を踏まえ、自由や人権が保障される民主主義が如何に大事なものかを語った(順不同で記する)

 民主主義社会であれば言論の自由は当然そこに加わっているもの。

言論・報道の自由がないことは国民一人一人にとっても、国全体にとっても悪いことだ。

 

 ドイツでは基本法(憲法)で言論の自由が保障されている。その言論の自由を行使する場合には人間の尊厳を尊重することも定められている。

 

 言論の自由は政権にとっても政府にとっても脅威ではない。

 人々が自由に意見を述べられない処に革新的なことも社会的な議論も生まれず、社会全体が前に進むことができなくなる。競争力も無くなり、最終的に人々の生活も保証できなくなる。

 市民が何を考えているか判らなくなるのは政府にとっても良くない。言論の自由は政府にとって脅威でも何でもない。我々は、異なる意見があるからこそ様々なことを学ぶことが出来る……。

 

(ドイツでは国防機密に関するスパイ行為や公務員の守秘義務違反など「秘密漏えい罪」として禁固5年以下の罰則を定めている。

一方で2012年3月「報道の自由強化法」が成立・施行され(マスコミだけではなく一般の)ジャーナリストの報道の自由を保障した。

 更に2013年6月「刑法」も変え、ジャーナリストを、漏えいほう助の罪で問うことについても「機密漏洩の重要な容疑が明白な事実で裏付けられている場合に限り、刑事手続きが進められる」との厳しい条件が付けられている。

 

 従ってドイツではジャーナリストが秘密漏えい罪の対象として逮捕・起訴されることは極めて難しく、不可能と言っても良いくらいだ。

 

当然のことながら、安倍政権が特定秘密保護法を強行成立させた時、ドイツ・メディアは「言論の自由の危機」と批判を展開した。

 

*)歴史を直視することの重要性についてメルケル首相は今年1月死去した故ヴァイツゼッカー元大統領の戦後40年の演説を引きながら以下のような趣旨を述べている:

 ナチス・ドイツの蛮行・侵略戦争の末に壊滅的敗戦をしたドイツ人もナチスの戦争の被害者ではあったがナチス敗戦でナチスの圧政から解放された。

 そのドイツ人が戦後ヨーロッパ社会に受け入れられたのは、ドイツの名で遂行された犯罪の歴史をドイツ人自身が直視し、悔い改めたこと、それに対し被害をうけた近隣諸国の寛容な対応があったからこそである。

 その一貫した努力と姿勢があってこそドイツ統一も比較的容易に受け入れられたのだ、と。

 

(先にこの欄でも述べたが、アウシュヴィッツ解放70周年の翌日1月28日もメルケル首相、ガウク大統領いずれも歴史を歪めることなく直視してこそ和解と未来がある旨を述べている。

 

(ドイツの歴代の首相、大統領の折々の演説や政策を振り返ると、日本との比較に置いてではあるが、戦後のドイツ政権が常に真摯に侵略戦争の過去に向き合い、被害者に和解を請う一貫した対応を続けたことが判る。イスラエルの元駐独大使でさえも、ドイツの真摯な謝罪と和解への姿勢を高く評価している)

 

 メルケル首相、外交儀礼上批判は避けているが、安倍氏たちが侵略戦争であった第二次大戦を無視しよう姿勢に基本的な疑念を抱いているのは自明のことだ。

 安倍氏達の歴史観や国家イデオロギーにはドイツの保守政界も疑念を呈している。中にはたとえG7議長国であっても何故安倍に会いに行くのだ、と批判するメディアもある程だ)

 

*)脱原発を決定した点についてメルケル首相は質問に応える形で以下のように述べた:

 私も元来は核の平和利用に賛成していたが、福島第一原発事故は日本のような高度な技術を持つ国で起きた。これで本当に予測不可能な危険があるのだと如実に示された。この事故が私の考えを変えた。

 

(公共放送ZDFは、日本で起きた原発事故を契機にドイツは脱原発を決定したが、安倍総理は(事故の検証や被害者の補償も徹底しないまま)原発を再稼働させようとしている、などと厳しい視点でメルケル訪日を報じていた。また、メルケル首相がホンダの開発したロボット「アシモ」と握手しようとしたが出来なかったのを紹介しながら、再生エネルギー技術開発での協力を含め幾つもの件で、メルケル・安倍両者の間のズレが埋まらなかったとも指摘していた)

 

(大貫康雄)

写真:首相官邸HPより