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“歴史を直視し未来に責任を“とヴァイツゼッカー元独大統領戦後40年演説、安倍首相の戦後70年談話は如何に

「過去に目を閉ざす者は結局、現在に対しても盲目となる」

 

 日本ではこの一文が良く引きあいに出される。

 ドイツ国内のみならず日本や世界で多くの人を感動させた戦後40年時の演説で知られるヴァイツゼッカー(Richart Karl Freiherr von Weizsaecker)元ドイツ大統領が1月31日に逝去した。94歳だった。

 

 この演説を、安倍首相の戦後70年談話を巡る論議を考えながら振り返ることをお薦めする。

 

*)余りにも有名な戦後40年の演説は85年5月8日、第二次大戦でのナチス・ドイツ降伏の日を記念する連邦特別議会でのこと。

 

 歴史に対する向き合い方を巡り、言論界から政界まで論争が繰り返される中、5月5日、時のコール西独首相とレーガン・アメリカ大統領が、ナチス親衛隊員も埋葬されているビットブルク墓地を訪問し、内外の厳しい批判を浴びた直後だった。

 

 コール首相は第二次大戦のドイツ人兵士の墓地をレーガン大統領と共に参拝することで、重い過去にケリをつけたいと考えていた。レーガン大統領には、かつての連合国が対独戦勝40周年式典などを実施しないよう談判、了解を取り付けていた。

 コール首相は、何時までもナチスについて謝罪し続けるのはうんざりだという大半の国民の素朴な感情に共感していたと言われる。

しかしビットブルク墓地にナチス親衛隊兵士の墓もあることが判り、“戦後は終わった“との政治的効果を上げる筈だったコール首相の狙いは裏目に出た。

 

*)ヴァイツゼッカー大統領はコール首相と同じ保守党の政治家で、コール首相に推されて立候補し大統領に就任した、という関係がある。

 しかし政治家である以上に、人として、プロテスタント信徒大会の議長を務めるなど深い信仰と高い知性の持ち主でもあった。

 ドイツ・プロテスタント教会は戦後いち早く、“ナチスに十分抵抗せず残虐・非人道的な政策に加担する結果になった”と自己告発を行っている。

 戦後ドイツでは第二次大戦の歴史に対し如何に向き合うかが絶えず論争になってきた。

 

 大統領就任時の84年は“敗戦・ナチス体制崩壊40周年”でドイツではテレビの特集が放送されるなど、いつも以上に歴史への態度で論争が盛んになっていた。

 その最中連邦の特別議会で発せられたのがヴァイツゼッカー戦後40年演説だった。特に題名はないが、日本では「荒野の40年」(永井清彦氏訳:岩波新書)と題され全文が紹介されている。格調高い演説を格調高い日本語で訳されており、何度でも読まれることをお薦めする。

 

*)ヴァイツゼッカー大統領は単に、ナチス体制下での第二次大戦の過去・歴史を直視せよ、と言っているのではない。

 残虐非道な体制で犠牲になった5千万余の人々の苦悩を思い、自分に言い聞かせ、心に刻むことの大切さを呼び掛けた。

 演説は長く検証は多方面に亘っている。その中でナチス・ドイツの犠牲者はロシア人、ユダヤ人、ポーランド人だけでなく、ナチスに抵抗し、或いは故郷を追放されるなどしてドイツ人犠牲者も相当数に上っていることを一つ一つ列挙。

 

 その上で、そうした多くの人たちの犠牲の上に残虐非道なナチスから解放されたのが40年前の5月8日なのだ、と言い、5月8日を「解放の日」と指摘した。

 ナチス体制下ドイツの名で行われた残虐非道の過去を直視し、犠牲者の苦悩を心に刻んでこその「解放の日」という明るい光に国民は感動した。

 

 この演説の最中も何度も拍手で中断されたが、保守、左派を問わず時間と共に大きな影響を及ぼしていく。ヴァイツゼッカー大統領がドイツ・プロテスタント信徒大会の議長も務めた人であり、保守党の政治家からの警告・提言だったからだ。

 

 ドイツの連邦大統領は連邦議会で選ばれるが政治的権限を持たない象徴的、儀礼的な役割しかない。しかし高い理念と見識、深い思索に裏打ちされた演説で、その後のドイツ社会に影響を及ぼし、ドイツ内外で高い尊敬を集める大統領が相次いでいる。

 

 この演説後、ヴァイツゼッカー大統領は戦後ドイツ最初の大統領としてイスラエル訪問、また侵略をうけたオランダを訪問し和解を進めていく。

 

 冷戦、東西分断時代から統一時を挟んで84年から94年まで大統領を務めた。国民が統一で興奮する最中にも冷静に、真の統一までには簡単でないとして”先ず東西相互の理解への努力”を国民に呼び掛けている。

 

*)ヴァイツゼッカー大統領は95年、毎日新聞の招きで、また2005年早稲田大学から名誉博士号を授与され来日している。

2005年10月21日、早稲田大学での名誉博士号授与式で大統領は答礼演説と学生たちの質問に応える形で、高い見識を思わせることを述べている。

 

 国境を越えて活動する時代、日本の学生諸君には先ず世界の共通語の英語を習得し、次いで中国・韓国など密接な交流が必然的な近隣諸国の言葉を学び、理解を深めることをお薦めする。

 

 勿論、ドイツに関心を寄せ、ドイツ語や文化、現代ドイツを学んで頂けるなら、ドイツはそれに見合ったお返しをします、と。

 

 授与式の夕、ドイツ大使公邸に日本のドイツ関係者数人と共に招かれた。晩餐の後、誰も大統領と話をしようとせず席を立ったので、大統領と1時間余り一人で対談する幸運を与えられた。

 

 その時の大統領の最大の関心は政党政治の弊害が大きくなっており、政党政治の限界をどう克服するか、だった。

 

 政党政治が国民全体のためでなく、特定利益集団のために動くようになったこと。

 巨額の資金を持つ集団による政治への影響が大きくなり、個々の人たちの生活や基本的権利を軽視する政治が横行しつつあること。

 速報メディアの登場で選挙のために大衆迎合的な政見を打ち出し、政治が劣化していること。

 その結果、政治の基本を忘れたり、また長期的に大事な問題に取り組む姿勢が失われている危険性などを静かに、しかし一つ一つ丁寧に語って頂いた。

 

(大貫康雄)

PHOTO : Bundesarchiv, Bild 146-1991-039-11 / CC-BY-SA [CC BY-SA 3.0 de (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/de/deed.en)], via Wikimedia Commons