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新聞社へのテロ攻撃事件で人々が示した団結

 パリの週刊新聞社「シャルリ・エブド(Charlie Hebdo)」とコーシャ食品店などがテロ攻撃を受け17人が犠牲になった惨劇に、11日日曜日フランス各地で合わせて370万の人々が街頭を行進し、「報道の自由と団結」の擁護に強い姿勢を世界に示した。

 

*)行進の参加者はパリの160万をはじめフランス各地で総勢370万人余りに上った。参加者数の多さに加え、ドイツやイギリスを始め近隣諸国はもとより、40カ国以上の政府要人が参加し、先頭に立ったのも異例の事だった。

(日本の人口はフランスの凡そ2倍。自由と人権のために現在の日本で600万余りの人々が街頭に繰り出すことを想像するとフランス社会の強い危機意識が判る。また広島・長崎の被曝の日や、東京大空襲、東日本大震災などの犠牲者を祈念する式典に、中国・韓国、アジア諸国の首脳が参加することを、また日本政府は説得力のある呼びかけが出来るかを考えると世界各国の反応の強さが判る)

 

*)行進はフランス国民の強い意思を受け、事件直後の日曜日、政府指導者が国民と一体となって大きな規模に発展したのも異例だ。

 政府首脳が一般市民と共に街頭に出ることは滅多にないが、オランド大統領や閣僚が、そして各国首脳も一緒になったからだ。

(日本では鳩山由紀夫元総理が脱原発を求める首相官邸前の集会に一度加わったことがある。安倍総理は自由、人権と民主主義を共通の価値観、などと口先では言うが、実際に多くの人々と共に行進に参加することは考えられない)

 

 安倍氏は9日金曜日、在日フランス大使館に弔問に行き、報道の自由云々などと語り、それをテレビ局が垂れ流したが、実情を知る者には皮肉でしかない。国内では陰に陽にマスコミに圧力をかけ、自分たちに都合の悪い事実を報道させないようにしているのだから。

 

*)パリの行進ではフランス・オランド大統領の左にドイツのメルケル首相、隣に欧州理事会議長(大統領)のトゥスク前ポーランド首相、そしてパレスチナのアッバス(M.Abbas)議長…。オランド大統領の右にはアフリカ・マリのケイタ(Ibrahim Boubacar Keita)大統領、その隣にイスラエルのネタニヤフ(B. Netanyahu)首相…。イギリス・キャメロン、イタリア・レンツィ(M.Renzi)、スペインのラホイ(M.Rajoy Brey)首相、EU委員長のユンケル(J-CJunker)・前ルクセンブルク首相などヨーロッパ各国首脳が勢ぞろい。ヨルダンのアブドラ(Abdullah at-Tani bin al-Husayn)国王、トルコのダウトール(A.Davutoglu)首相、ウクライナのポロシェンコ大統領なども歩いた。

 

 アッバス議長はイスラエルの占領・国家テロへの抵抗を訴え、一方ネタニヤフ首相はパレスチナ過激派ハマスのテロ攻撃に対抗しているのを訴えるためだ。対立する両者が呉越同舟の行進となった。

 

 しかし自由を謳い、テロとの戦いを進めるアメリカ政府の代表の姿が無かった。中国政府首脳も見えない。ウクライナ問題で西側と対立するロシアはプーチン大統領の代わりにラブロフ外相が参加。

 アメリカ政府要人は大統領も副大統領も一人の閣僚も参加しなかった。パリにいたホルダー司法長官も行進に参加しなかった。ケリー国務長官は“これは外交上の失敗だ”と認め、近くパリを訪れると表明したが。

 

*)今回のテロの標的となり編集長ら8人が犠牲になった週刊新聞「シャルリ・エブド」は普段の発行部数が6万部程度だが事件直後の発行は300万部に増刷、諸外国でも販売すると発表。表現・報道の自由のためにテロには屈しないとの姿勢を打ち出した。

 再び、ムハンマドの風刺漫画を掲載するという方針は挑発的だとの意見も出、穏健な普通のイスラム教徒にも目をひそめる人が多く、異論もあるようだ。行進に参加を予定していたモロッコ政府代表は、ムハンマドの漫画を掲載するのを批判して急遽参加を取りやめた。

 

 しかし報道の自由を死守するという「シャルリ・エブド」の姿勢にはフランスだけではない、ヨーロッパ各国の国民もマスコミもこぞって連帯を表明した。

「シャルリ・エブド」の風刺画を掲載し、報道の自由を守る連帯を表明したハンブルクの「ハンブルガー・モルゲン・ポスト(Hamburger Morgen Post)」は何者かによって爆弾を投げ込まれ地下の資料室が消失したが、方針変更は一切ないという。

 ヨーロッパではキリストを揶揄する漫画などが時折掲載され、一部カトリック教徒の批判を招いている。

 ムハンマドの漫画を掲載するのは報道の自由の限度を超えたイスラム教を敵視するものなのか、それとも正当な批判・風刺なのか。

 難しい問いだ。穏健なイスラム教徒の多くが反対している現実を忘れてはなるまい。

 

*)オランド大統領は、今回のテロ事件はイスラム教とは関係ない、イスラムの名を語った過激派の犯行だと強調し、宗派に囚われないで団結しようと呼び掛けている。

 13日は事件で殉職した3人の警察官の葬儀が行われた。一人はイスラム教徒、一人はアフリカ系の女性、オランド大統領は3人の警察官の志を讃えた。

 一方エルサレムでは犠牲になった4人のユダヤ人の葬儀が行われ、フランスのロワイヤル環境相が参列した。

 二つの葬儀に、宗派を越えた国民の団結、社会の多様性を守ると言うフランス政府の強い意志があった。

 

 フランスや欧米諸国からは多くの若者がイラクとシリアで急速に勢力を拡大したISIS(IS、ISILとも呼ばれる)の戦闘に参加し、その帰還者が国内でテロに走る危険が指摘され、今回の事件で現実味を増している。

 国内では公共機関の警戒が続き、ユダヤ関連施設だけでなく、イスラム教の礼拝所などへの攻撃も頻発している。

 

 オランド大統領の団結と連帯の呼び掛けは、多様性を誇るフランス社会が分裂してはならない、という危機意識がある。

 今回の事件を受けフランス政府はテロの脅威がある間、治安機関だけでなく、軍隊も動員し、人々が集まる場やユダヤ関係施設などの警戒を更に強化する。

 

*)EU各国政府は国境出入りする個人情報などを共有する方向で協議を始めたが、EU議会は反対している。一歩間違うと国境での人と物の出入りを自由化したシェンゲン協定の見直しに繋がるなど、多様性や共生の社会を失いかねない危険性があるからだ。

 

 一方、今回ネタニヤフ首相はフランス在住のユダヤ人にイスラエルへの移住を呼び掛けた。

 フランス国内からは事件前からイスラエルに移住するユダヤ人が増えているが、既に今年一年に数万人のユダヤ人がイスラエルに移住すると見られている。

 この事件を契機にフランスでは安心して自由な生活ができない、将来を不安視するユダヤ人が増えると予想されるためだ。

 

*)トゥールーズ大学、日本学のアリーヌ・エニンジェ準教授が寄せた言葉を紹介しておく。エニンジュさんは英語、ドイツ語、日本語が堪能。フランス外交官資格を持ち昨年夏まで日本に滞在していた。今回の事件後、以下のようなメイルを寄せてきた。

 

“トゥールーズでも日曜日は多くの市民が行進に参加し、私も家族も揃って行進に参加した。理由は何よりもこの事件を契機にフランスが、2001年の9.11事件後「愛国法」を制定し、醜くい対策を実行するアメリカや、右傾化が進み「特定秘密保護法」を強行成立させた日本などのようになってはならない。フランスが国是「自由・平等・博愛」の理念忘れて、何でも隠し国民の自由を制限する社会になるのではないかと懸念しているからだ”。

 

(大貫康雄)

PHOTO by Yukiko Nishiya