「女」から「男」へ! 文楽・人形遣い・吉田玉女の「二代吉田玉男」襲名に注目
人形浄瑠璃「文楽」の人形遣い、吉田玉女(たまめ)が2015年、61歳にして、師匠の吉田玉男(たまお)の名跡を二代目として襲名する。12月1日、都内で会見を行った。
「昭和44年に入門して玉女の名前を頂戴し、今年で46年目。師匠が亡くなりまして、今年で8年目。半世紀をかけて“女”が“男”になるというわけでございます。年を取るごとに師匠の芸の偉大さをますます実感しておりますが、師匠の名前に恥じることのないよう、二代目として、受け継いだ芸を大切に、いっそう精進を重ねる所存です」
と、会見の冒頭で語った玉女。「玉女」から「玉男」という変化にどういう意味があるのか、文楽ファン以外にはわかりづらいところ。ここで、初代吉田玉男と、二代目となる現玉女について簡単に解説しよう。
初代玉男は、1933年に吉田玉次郎に入門し、「玉男」を名乗った。最初は「玉太郎」になるはずだったそうだが、文楽と同じ関西の芸能である上方歌舞伎の名優、初代中村鴈治郎(現在の坂田藤十郎の祖父)の本名が「林玉太郎」だったため、挨拶をしてからという話に。ところが、鴈治郎が病気になり、なかなか実現しなかったため、“玉お”にしようということになり、玉男自身の希望で「雄」でも「夫」でもなく「男」に決まったという。
戦後の文楽を牽引し、77年に人間国宝となり、2000年には文化功労者として顕彰された玉男には襲名の話もあったと聞く。しかし、清貧な人柄で知られる玉男は最初の名前を貫き、06年に87歳で他界した。
玉女はその玉男に15歳で弟子入りした。3人で1つの人形を動かす人形遣いは、 “主(おも)遣い”を中心に、“左遣い”“足遣い”に分かれており、玉女は主に、師匠が“主遣い”を務める際の“足遣い”で修業を積んだ。30歳以上年長の師匠は、22歳で父を亡くした玉女にとって、親代わりでもあったという。
「教えていただいたこと、怒られたことはたくさんあります。師匠の足を10年、左を15年以上遣わせていただきました。特に足の時に注意いただいたことが、大きかったですね。師匠が入院し、最期にベッドの上で「とにかく基本を大事にしなさいよ」とおっしゃった言葉が心に残っています」
と、玉女は振り返る。
その師匠が一代で大きくした名前を継ぐことを、玉女は躊躇していたというが、60歳を過ぎて決心が固まった。今後は、偉大な師匠の名前でもって、文楽を盛り立てていく。
会見には、同期である人形遣い、吉田和生と桐竹勘十郎も駆けつけた。
「同期入門の我々も、大変喜んでおります。我々は(初代)玉男さんの遣われる人形に大変あこがれていました。一言で言えばかっこよかったんですよね。楽屋へうかがうと、何度もなさった役でも、暇があれば床本を広げて読んでいらして、舞台でも色々と工夫をなさっていました。300年、400年続く伝統の世界では、50歳までは仕込みの時期。我々も今は主役級の人形を遣わせてもらっていますが、気力・体力が充実している時期はせいぜいあと15年〜20年。これから三人、力を合わせて、お客様に満足していただける良い舞台にしていきたい」(和生)
「(初代は)色気があり品があり、とにかくかっこよかった。私も非常にお世話になりました。父(二世桐竹勘十郎)と初代玉男さんとは、ほぼ同時期の入門でしたし、玉女さんと私もずっと一緒にやってきました。玉女さんは、あまり細かいことを考えないタイプ。座頭というものは、舞台の真ん中に揺るぎなく存在してもらわないといけませんが、玉女さんなら生まれ持ったものでおできになるだろうと感じます。襲名を機に、ますます一緒に、舞台にも、舞台の裏にも気を配り、仲良く、時にはいい意味での火花を散らしながら、がんばりたい」(勘十郎)
(左から玉女、勘十郎、和生)
襲名披露公演は、4月、大阪・文楽劇場、5月、東京・国立劇場で行われる。演目は初代玉男の代表作の一つ「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」。主役の熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)を遣う。
(熊谷次郎直実を遣う玉女、左遣いは勘十郎)
玉女は直実について「愛着のある役です。34年くらい前、大阪の朝日座の本公演で、玉男師匠が直実をなさった後、若手向上会で、私が遣わせていただきました。初めての主役でしたし、師匠に左遣いとして支えてくださいました」と語る。
橋下市政のもと、補助金削減などに揺れる文楽だが、玉女、勘十郎、和生は、とにかく精進し、充実した舞台を届けたい、と異口同音に語った。
世襲制ではなく実力主義を重んじる文楽の世界では、襲名は決して多くない。文楽の歴史的瞬間にぜひ、立ち会いたい。
<参考>
大阪・国立文楽劇場 http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku.html
東京・国立劇場 http://www.ntj.jac.go.jp/kokuritsu.html
(高橋彩子)
写真提供:国立劇場