<メディア批評>選挙報道への自民党の「圧力」に反応鈍いマスコミ
衆議院が解散される前日に、自民党が在京テレビ各社に「公平中立」な選挙報道を求める要請書を渡していたことを、通信社や全国紙が11月27日に報じた。街頭インタビューの方法にまで注文を付けるなど、政権与党からテレビ各社への「圧力」とも受け取れる内容だが、この文書の存在を最初に報じたのはネットメディアで、当のテレビ局を含めマスコミは、文書が出されてから1週間、この問題を全く扱ってこなかった。既に自民党への遠慮が見られるのか、そうでなければ感度が鈍いと言うべきか。
在京テレビ局に高圧的な要請書
この要請書は、解散前日の20日付で自民党の萩生田光一・筆頭副幹事長と福井照・報道局長の両衆院議員から、在京テレビキー局の編成局長と報道局長あてに出されている。選挙報道の「公平中立ならびに公正の確保」を「お願い」する表現になっているが、問題なのは具体的な要請の内容。①出演者の発言回数や時間の公平さ②ゲスト出演者等の選び方の公平中立③テーマについて特定の立場から特定政党出演者への意見集中などがないこと④街頭インタビュー、資料映像等で一方的な意見や特定の政治的な立場が強調されることがないように—などと、高圧的な注文が目に付く。
さらに、「過去においては、あるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道を行い、大きな社会問題になった事例も現実にあった」として、1993年のテレビ朝日の「椿問題」と見られる事例をわざわざ挙げ、テレビ局を露骨に牽制している。
全国紙などがあわててネットメディアの後追い
この要請書の問題を最初に報じたのは、ジャーナリストの上杉隆氏が運営するニュースサイト「ノーボーダー(境界なき記者団)」で、26日にインターネット番組の中で明らかにした。これを受けて、27日の高橋雄一・テレビ東京社長の定例会見の質疑を通し、マスコミ各社も文書の存在を確認。共同通信や毎日新聞などが27日に電子版で速報した。
NHK以外の民放各社は文書が届いたことを認めているが、自民党に気兼ねしてか、要請の事実を自ら公にはしていない。また、全国紙などは、それぞれ在京テレビ局と系列関係にあるためか、こうしたテレビの事なかれ主義をきちんと批判していない。
要請の背景に見える安倍首相のTBSへの「不快感」
街頭インタビューをめぐっては今月18日、TBSの報道番組に出演した安倍晋三首相が、アベノミクスに対する批判的な意見が相次ぐ映像が流れると、「これ全然、声が反映されてません。おかしいじゃありませんか」と気色ばんだ。こうした安倍首相の「不快感」も、今回の要請につながっているのかもしれない。
同じような要請は、毎回の選挙で各政党が行っているが、毎日新聞によると、ある民放幹部は「ここまで細かい指示を受けた記憶はない」と話し、また別の民放幹部は「朝日新聞バッシングなどメディア批判が高まる中、萎縮効果はある」と語っている。
政権与党による事実上の恫喝
服部孝章・立教大教授(メディア法)は「放送法の文言をひいて『公平中立』を求めているが、実態はテレビ局への恫喝(どうかつ)だ。しかも、以前のテレビ局の報道を『偏向報道』と批判している。アベノミクスに批判的な識者を出演させないよう予防線を張っているともとれ、焦りも感じる。政権担当者は批判されるのが当たり前なのに、自分たちの都合のよい報道を求めるのは危険な行為だ」と、同紙にコメントしている。
総務省も全放送事業者への「要請」を検討中
こうした中で、注目されるのが総務省の対応。昨夏の参議院選では7月4日の公示に合わせ、ケーブルテレビなどを含む全放送事業者に「当選確実の放送等については、放送法の趣旨にのっとり、国民の信頼にこたえるよう、十分な配意をお願いする」とのごく簡単な「要請」を行った。『当確』の誤報が相次いだ1995年から続きてきた「要請」だが、民主党政権下の2回の国政選挙では、「放送事業者の自律が基本」として見送ってきた経緯かある。しかし、高市早苗総務大臣は11月28日の閣議後会見で、私(上出)質問に対し12月2日の衆院選公示日には昨年の参議院選と同様の「要請」をする意向を明言している。政権党や監督官庁のこうした要請は、それだけ自体、言論介入となる問題であり、当事者のマスコミは過剰と言われるくらいに目を光らせ、国民にわかるように声を上げてほしい。
(寄稿:上出義樹/北海道新聞社で東京支社政治経済部、シンガポール特派員、編集委員などを担当。現在フリーランス記者。上智大大学院博士後期課程(新聞学専攻)在学中。)
写真:DAILY NOBORDER編集部