「公平中立」は明らかな政治圧力
自民党が在京テレビキー局各社に対して、「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」と題する文書を送っていたことが11月26日、ノーボーダーの報道によって明らかになった。
この文書は、明らかに“報道に対する圧力”として働く。
「公平中立」「公正」の文字をみて、私はすぐ、NHK番組改変問題を思い出した。これは、NHKが2001年1月30日に教育テレビで放映した「ETV2001 問われる戦時性暴力」が安倍晋三氏(当時、官房副長官)らの政治圧力で改変されたとされる事件だ。このときに安倍氏がNHK側に使った言葉が「公正中立」だった。
同番組は、「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(バウネット)が2000年12月に開いた「女性国際戦犯法廷」を取り上げた。しかし、「ありのまま伝える」との事前説明と異なり、旧日本軍の性暴力被害者の証言や判決がカットされたとしてバウネットが番組を改変したNHKと制作会社2社に4000万円の賠償を求めて裁判を起こした。
その控訴審判決(07年1月29日)で東京高裁(南敏文裁判長)は次のように事実を認定している。
〈改変の理由について判決は「NHK予算の国会審議に影響を与えないように、松尾武放送総局長(当時)らが安倍官房副長官(同)らと接触した際『公正中立な立場で報道すべきだ』と指摘された。発言を必要以上に重く受け止め、当たり障りのない番組にすることを考え、現場の方針を離れて編集された」と認定。一方で「政治家が番組に具体的な話や示唆をしたとまでは認められない」と直接的な圧力は否定した。
NHKは「編集の自由」を主張したが、判決は「改編は自由の乱用で、編集権の放棄に等しい」と退けた。〉(『毎日新聞』2007年1月30日朝刊)
(上告審でバウネットは逆転敗訴したが、最高裁は政治家の圧力の影響については判断しなかった。NHK関係者の証言もあり、安倍氏が「公正中立」とNHK側に発言したのはほぼ間違いない)
そもそも政治家が、尻尾をつかまれるような発言をするわけがない。ある官僚は次のようなエピソードを教えてくれた。
「与党の実力政治家はよく『◯◯省の●●課長は挨拶がたりない』という話をする。その課長が、実力政治家のために汗をかいても『まだ足りないな』と指摘される。どのぐらいで足りるかどうかは、実力政治家の考え次第だから怖い。しかも、具体的に指示しているわけでもないので、なにか発覚しても実力政治家の責任を問うことは難しい」
安倍晋三首相は、12月18日の「NEWS23」(TBS)に生出演した際、街頭インタビューの結果にムキになって反論した。
都合が悪い報道はすべて「公正中立ではない」とこの首相は考えているのではないか。だとすれば、ヨイショ報道以外にはすべて、「公正中立ではない」と文句をつけかねない。
こんなふざけた自民党の文章に屈しないよう報道現場に携わっている人々に期待したい。
(寄稿/伊田浩之:自由報道協会理事)
写真:首相官邸HPより