【松戸市議選】「土壌測定の市条例をつくりたい」~「脱被曝」を掲げたラッパー・DELIさん初当選
任期満了に伴う千葉県・松戸市議選は16日、投開票が行われ、子どもたちの「脱被曝」のみを公約に掲げたラッパーのDELIさん(39)が1792票を集め、最下位ながら初当選を果たした。JR松戸駅近くの選挙事務所で支援者らの祝福を受けたDELIさんは「当選が目的でなく、ここからがスタート。土壌測定に関する条例をつくりたい」と抱負を語った。投票率は37.74%だった(前回比3.37ポイント減)。
【芽生え始めた「脱被曝」の輪】
「立候補の届け出も最後、当選が決まったのも最後。最後の最後までハラハラさせるなんて、DELIさんらしいよ」。時計の針が午前零時を回った頃、ようやくDELIさんの最下位当選が決まり、JR松戸駅近くの選挙事務所には歓喜の輪が広がった。
政党所属候補が組織力に物を言わせて次々と当選を確実にしていく中、午後11時半の段階でDELIさんの得票数は1700。同数の候補者が他に2人おり、残り2議席をDELIさんを含む3人で争う形になった。最終的に獲得した票は1792。次点候補とは48票差で初当選を決めた。日本共産党の候補者全員当選を阻む勝利だった。
「でもね、当選したことももちろんだけれど、俺がこうして選挙に出たことで、地元で脱被曝の輪がつくられ始めた事の方が意義が大きいかな。公園の土壌測定を申し出てくれた奴が4-5人いるんですよ。30代でね」
開票所での集計作業を見届け、選挙事務所に戻ったDELIさんは語った。ここがゴールではない。むしろスタート。松戸市にも、放射線防護に対するニーズは確かに存在する。他の議員や市職員を上手に取り込みながら、脱被曝を実現していかなければならない。「そうは言っても、被曝問題だけしかやらないわけにはいかないから、他の課題もきちんと勉強していかないといけないですよね」。中傷や妨害など承知の上での出馬だ。最後まで「脱被曝一本」を貫いた。有権者に耳触りの良い抽象的な公約を語ることはしなかった。
「だって、脱被曝がやりたくて立候補したんですから」
初当選を果たしたDELIさん。「土壌測定に関する条例をつくりたい」と抱負を語った。「空間線量では駄目なんです。8000ベクレル超でも、高さ1mでは0.23μSv/hを下回ることもあります」
【ウグイス嬢もタスキもない選挙戦】
選挙公約は「脱被曝」のみ。ウグイス嬢も、朝の駅立ちも無し。タスキをかけて候補者名を連呼することもしなかった。まさに異例づくめの選挙戦だった。
名簿を基に、投票を求めるハガキを送ることもしなかった。「もうちょっと上手いやり方があったのかもしれないが、候補者の特性やスタンスを活かした選挙ってあると思う。それに、もし俺が従来型の選挙をしていたら『ああ、アイツはあっち側に行っちゃった』って思われちゃうしね」。選挙戦は決して楽ではなかったが「大変さを表に出したくなかった」とも話す。
もちろん、有権者の中には「放射線」や「被曝」に対して抵抗感を示す人がいたという。だが、それも想定内。「俺の考え方を押し付けるつもりはありません。家に帰って寝る時に思い出してくれれば良いと思って話してました。『あいつ、アレ(脱被曝)しか言ってなかったな』と。いろいろな考え方があると思うけれど、俺は語りかけたんです。『本当に今のままで良いと思う?』ってね」
高濃度汚染が存在しても、高さ1mで放射線量を測定して0.23μSv/hに達しないと放置される現状。市職員は「呼吸による放射性物質の体内への取り込みは一切、考慮していない」と語ったという。本当にこんな対応で子どもたちを被曝の危険性から守れるのか。「各地の放射線防護を見ていると、汚染度の低い地域ほど基準値が厳しく設定されているんですよね。汚染度の高い場所ほどゆるいなんて大いなる矛盾ですよ」。
市内の土壌を隈なく測定し、少なくとも8000ベクレル以上の汚染は除染を施す。それを明文化した条例を制定するのが当面の目標だ。「根回しも必要だろうし、粘り強くやらなきゃいけない。公園の土壌を詳細に測定することで、汚染されていない公園も分かるんです」。脱被曝が進まないのは経済原理優先など構造的な問題─が持論。その歪んだ構造に松戸市から風穴を開けて行く。
同じく「脱被曝」を掲げて当選した増田かおるさんと談笑するDELIさん。選挙公報でも、有権者に「脱被曝」を呼びかけた
【「脱被曝の初級者コースをつくりたい」】
100人ほどのボランティアが支えた選挙戦。
音楽仲間たちは「今日から“先生”だ」と当選を喜んだが、DELIさん本人は至って冷静。「立場は変わるが、やることはこれまでと変わらない」と話す。
汚染や被曝の「伝え方」にも注意している。せっかく、脱被曝の取り組みを進めても、市民に受け入れられなければ意味がない。「スキューバダイビングにも初級者コースがあるように、脱被曝の初級者コースをつくりたい」。独自に作成した市内の公園の線量マップにもさまざまな意見があったが、抵抗感を薄めるために分かりやすさを主眼に置いた。
仮に落選したとしても脱被曝の取り組みは続けるつもりでいたが、議員に選ばれたことにより、責任はより重くなった。単に文句を言う「カスタマー」(お客さん)から、子どもたちを守る当事者へ。支援者を前にした当選の挨拶の中でも「松戸市が脱被曝のモデルケースになれるんじゃないか」と力を込めた。
「自分しか出来ない事って、自分がやらなければ誰もやらないじゃないですか」とDELIさん。全国のアーティストへ会いに行く事から始めた選挙運動が終わり、議会というステージが待っている。
「(祝福の)メールが40通以上も届いていて、全部に返信していたら夜が明けちゃうよ」。多くの人の期待を背に、“政治家DELI”が歩き始める。
(鈴木博喜/文と写真)<t>