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「汚染と向き合い、松戸市を脱被曝のモデルケースに」~ラッパー・DELIさんが松戸市議選に出馬

 9日に告示された千葉県松戸市の市議会議員選挙(定数44)に、1人のラッパーが「脱被曝」を掲げて立候補した。DELIさん(39)。告示日の9日は、JR松戸駅前で5時間に及ぶイベントを開き、ラッパー仲間の応援を受けながら「土壌の測定を」、「松戸を脱被曝のモデルケースに」と訴えた。「今は被害者だが、このままでは未来の子どもたちの加害者になってしまう」とも。「言葉を届けたい」と、配達を意味するdeliveryから名前を決めたというDELIさん。今度は議員として子どもたちに「脱被曝」を届けるべく、立ち上がった。投開票は16日。

 

【「脱原発」は「脱被曝」から】

 「脱被曝」─。選挙公約は実にシンプルだ。

 「街づくりとか、いろいろな課題があるのは分かります。でも、僕は脱被曝一本でいきます。脱被曝しか言わないで当選できたら、この街には脱被曝のニーズがあるということが分かる。“1人争点”にしたいのです」

 そこには、“汚染地”で暮らす子どもたちや親たちへの想いがある。

 「東葛地方は、関東の中でも特別に汚染されています。放射性物質が降ったのは事実。『放射能は危ない』という答えを押し付けるつもりはないが、放射線を気にするという選択は認めて欲しい。気にしちゃいけない空気、気に出来ない空気はなくしたい。今は俺たちは被害者です。でも、このまま汚染の事実に向き合わなければ、将来の子どもたちに対して加害者になってしまうかもしれない。将来、後悔したくないんだ」

 選挙ポスターでは、“お客さん”であり続けるのをやめようと「脱カスタマー」を有権者に呼びかけている。

 「俺たちは、いろいろなことを人任せにしすぎてきました。福島第一原発も、都会の電気をつくるための発電所だということを、あまり考えずに享受してきました。当事者意識を持ちたいんです」

 鹿児島県では、県知事が「やむを得ない」と九州電力川内原発の再稼働を容認した。松戸市議会は、9月定例会で「川内原発の再稼働はやめるよう求める意見書」を否決した。原発が未来の子どもたちの犠牲の上に成り立っているのだとしたら…。「一緒に脱被曝しませんか?一緒に知恵を出し合おうよ。放射能が降り注いだこの街で、俺は出来ると思う。脱原発は脱被曝からです。脱被曝は1人でも出来ますよ」。

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「松戸市を脱被曝のモデルケースにしよう」と市議選に立候補したDELIさん。JR松戸駅西口で「一緒に脱被曝しませんか」と呼び掛けた

【「空間線量でなく土壌測定を」】

 「俺はラッパーです」

 ヒップホップの音楽活動をする傍ら、原発事故後は「オペレーションコドモタチ」を設立し、松戸市内の放射線量の測定や、福島県内の子どもたちに避難や保養を呼びかける活動を続けてきた。「なぜラッパーが選挙に出るのか。市民活動では変えられないこともあります。俺に出来ることは何かな、と考えた答えが議員になることでした」。

 「土壌を行政に測らせたい」。市内を隈なく計測した結論がこれだ。松戸市は現在、環境省のガイドラインに沿って「公園は地上50cm、それ以外は地上1mでの空間線量が0.23μSv/h」を除染の対象としているが「子どもやペットは1mの高さにすっぽりと入ってしまう。土壌に線源があってもこの高さでは見落としてしまう恐れがあります。土壌の汚染具合を測り、線源を取り除かないと子どもたちの被曝は防げないのです」

 実際、市の許可を得て市内の公園の土壌を採取し、市民測定所で計測したところ、「柿の木台公園」で1kg当たり最大1万4900ベクレル、松戸駅東口からほど近い「松戸中央公園」では同2万2080ベクレルの汚染が確認できたという。

 DELIさんは、ステージ上に密封線源と線量計を用意し、線源から離れた場所で空間線量を測定しても意味が無いことを示して見せた。きちんと土壌を測定して数値を公表し、線源を取り除いたり遮蔽したりする。給食も産地を公表する。「危険を煽っているのではありません。選択肢が欲しいのです」。甲状腺検査などの健康調査も、徹底して行う。そうやって汚染と向き合うことで、誰も責任がとれない原発事故を直視し、脱原発へ向かうと考える。

 「福島第一原発事故で学んだことは何ですか?松戸市が安定ヨウ素剤を用意しなくても良いということですか?」

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(左)DELIさんは、実際に線源や線量計を使って放射線から離れると被曝の危険性が減ることを示してみせた

(右)詩人のアーサービナードさんや山本太郎参議院議員も応援に駆け付けた

 

【「本当の事を言う人を市議会へ」】

 選挙には、本名ではなくミュージシャン名で出馬した。「ヒップホップというカルチャーのことも分かって欲しい。ドラッグとか暴力とか、そんなことばかりではないんです。色眼鏡で見ないで欲しい」。

 スーツにたすき姿ではなく、駆け付けた音楽仲間とともにステージに上がり、自らもマイクを握った。自身の当選はもちろんだが、若者に1人でも多く投票に行って欲しいとの思いから、ステージ上から期日前投票も呼びかけた。「市議会を傍聴したけど、俺を含めて傍聴していたのは2人だけだった」。前回市議選の投票率は41.11%。6月の松戸市長選挙は35.56%。若者の政治離れなどと言われるが「若者こそ、政治の方を向いているのか?」とも問いかけた。「一日のうち5分、10分で良いから政治のことを考えて欲しい」。

 応援に駆け付けた詩人のアーサービナードさんは、童話「裸の王様」を引き合いに出し「誰が松戸市議会に行って『王様は裸だ』と言ってくれるか。ヒップホップは『王様は裸だ』と叫んだ子どものような存在。本当の事を言う人を市議会に送り込まないと、民主主義は成り立たない」と語った。鹿児島県から駆け付けた山本太郎参議院議員も「DELIさんほど子どもたちの被曝を憂えている人はいない」と推薦した。「政治に参加するってめんどくさいけど、皆さんが払った税金がどのように使われているか、彼が教えてくれるんですよ」。

 「出来ない事を数えるとネガティヴになるけど、出来る事を数えるとポジティヴになる」とDELIさん。「金なし、コネなし、学歴なし」と自嘲するラッパーは、ステージから叫んだ。

 「自分たちの未来のことだよ」

 

(鈴木博喜/文と写真)