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親日家の元駐日イギリス大使の忠告

 日中間にも日韓間にも首脳同士の会談は無いよりあった方が遥かに良いのだが、真摯な対応が伴わない場合は却って事態を拗らせ悪化させる可能性がある。我々日本人は好き嫌いを別に、今足元の現実を客観的視し、国際社会からどう見られているかを知り、何をすべきか考える時だろう。

 

「極右思想が政府内に入り込み、日本の民主主義を危機に陥れ、国際社会で日本が築いてきた名声と信頼が損なわれる恐れがある」これは80年代前半駐日イギリス大使を務めたヒュー・コータッチ(Sir Arthur Henry Hugh Cortazzi)氏が今月初めJapan Times紙に寄稿した警告だ。コータッチ氏は親日家として知られ、これまでも折に触れ日本に対して進言・提言をし、時には忠告・苦言もしている。

 

 若干長いが、“歴史・事実を直視することこそ日本が尊敬を受ける条件である”、などと幾つもの示唆に富む指摘をしておられるので、意訳の上要点を紹介する。※( )は筆者の補足

 

*極端な国家主義はどの国でも、民主的機関や民主主義の価値観自体に対する脅威だ。日本の極右の影響の増大はイギリスの親日家たちにも重大な懸念材料だ。

(イギリスだけでなく海外の親日家達の多くが懸念している)

 

*10月末、高市早苗総務相がヒトラー礼賛の本を熱心に推薦、と英国メディアも報じた。高市総務相は事実を否定したが説明は矛盾だらけ、とても納得出来るものではない。ヒトラーはホロコーストの張本人、イギリスでは大臣がそんな犯罪者賛美を示唆しただけでも猛反発を招き、首になる(程の酷い発言だ)。

(日本では何故このような暴言が許されるのだろう)

 

*いわゆる“戦犯を殉教者に譬えた”4月の安倍総理の発言はイギリスでは到底容認できない。イギリスには第二次大戦中日本軍の過酷な扱いを受けた兵士や家族・親族がおり、安倍総理の発言はイギリス国民を侮辱するものだ。

(安倍氏の視野には、こうした反応は入らないようだ)

“安倍氏は本当にそんなことを言ったのか?”駐英日本大使館に質問書を送った。返答が無いので、氏の発言は事実なのだろうと考える。

 

*10月18日付のメディアは、NHKが国際放送(英語放送)の担当者達に、“南京事件”と、“日本軍の性の奴隷、所謂、慰安婦”問題について触れることを禁じる通達を出していた、と言う。

(就任以来あれだけ批判を受けても、籾井会長は全く懲りていないようだ)

NHKは英BBC同様、政治的中立で客観的であるべき、とされているが、籾井現会長の下、NHKは単なる政権の道具になってしまったようだ。中野晃一(上智大学)教授は、“中国国営放送CCTVのようになった”と指摘する。

 

*英国メディアの報道では、安倍政権の右翼大臣たちは戦争指導者たちを無罪とするべく、歴史学者たちに歴史を書き変えさせたいようだ。

(歴史を都合のよいように書き変えても世界は信用しない)

*欧米の歴史家たちは、明白で確固たる証拠に基づき、南京事変だけでなく中国各地で日本軍が残虐行為をしたのは疑いようがない事実と見ている。確かに、国民党軍も中国共産党軍も人々に残虐な犯罪をした。しかし日本軍は何と言っても侵略軍、日本上層部の念の入った残虐な政策がそれで帳消しになる訳ではない。

(侵略それ自体が先ず問題)

 

*多くの日本軍将兵が各地で女性を凌辱し、韓国だけでなく占領地各地で女性たちを強制的に性の奴隷にしたのは紛れもない事実だ。

(氏は、安倍政権関係者たちの歴史健忘症を招いたのは、ご都合主義的なアメリカにも一因があるという)

 

*旧満州での日本の生物学兵器部隊(所謂731部隊)の活動は陰惨を極めた。その事実が隠蔽され、あわよくば人々に忘れさせられようとしている。アメリカの捜査官たちは部隊の実験結果との引き換えに、彼らの活動を不問にした。

(氏は重ねて強調し)日本軍の占領地の人々に対する虐待の数々は控えめに見ても否定できない。また連合軍捕虜に対する過酷な扱いは、如何なる歴史修正主義者でも正当化できるものではない。

 

*今更こうした事実を挙げて、わざわざ気分を悪くさせるつもりは毛頭ない。(何故なら)日本とイギリスの友人の多くは心底から相互理解と和解を信じ、戦時中の残虐行為は二度と繰り返さないための努力を今も惜しまないからだ。

しかし安倍政権関係者のような歴史見直し論者は、こうした友人・知人たちの真摯な努力に冷水をさしている。

 

*日本の右翼国家主義者たちには、戦争に負けた事が

日本軍指導者たちの唯一の犯罪なのだ。右翼は倫理原則が欠如しており、民主的な機関に反対なのだ。

(倫理観の欠如はしばしば内外の識者から指摘される)

 

*極右が日本の政府を乗っ取るのを許してはならないが、今の国会では野党が弱く且つバラバラだ。このままでは日本は(戦前のような)一党支配政府に逆行しつつあるように見える。そうなれば独裁政治になり、人権蔑視の体制になってしまう。

 

*メディアは民主主義を支える主要な柱であるべきだが、日本のメディアは極右の圧力下に置かれつつある。昨年12月の特定秘密保護法の強行成立は報道の自由に対する脅威となる。右翼は暴力団の動員も出来るので、民放各局は右翼と対決し闘っても何も利益にならないと思っている。

(氏は公共放送である筈のNHKには最早期待していないようだ)

 

*(朝日新聞の“慰安婦に関する”誤報の件で)右翼に対峙してきた一つの主要紙が右翼の攻撃に晒されているのは不幸なことだ。しかし報道事実の一片が誤りだからと言って、日本軍が占領地域で多くの女性を性的に搾取した証拠は他に幾らでもある。

 

*“記者クラブ制度”の結果、日本の大手メディアが日本の既得権体制に近すぎることは、世界的に知られている。

 記者クラブ制度の恩恵を受ける者はこの事実を否定するが……。

 しかし、日本の大メディアが軟弱ではない、としても、戦前の歴史を学べば、極右が日本の健全な民主主義の維持に必要な、自由で活発な批判、批判的言論を抑圧するのが判る。

 

*日本政府内に極右の影響が明白になり、日本が国際社会で築いてきた名声と信用が傷ついている。歴史見直し論者が嘘の歴史を蔓延させるのを挫き、日本の民主主義的制度が極右・反民主主義的な者によって危機に瀕することを無くすことは日本の国益に関わる。

(氏は、閉鎖的な記者クラブ制度が大手メディアが体制翼賛型にし、自由な言論を無くし日本社会が閉鎖的・非民主的になる危険性を指摘している)

 

 コータッチ氏はかつて「世界の偉大な文明」シリーズの一巻「日本の業績」の出版にも関わり、日本の歴史と文化の外観を紹介した。また氏が収集した日本関係の貴重な文献をロンドンのジャパン・ソサイティに寄贈するなど、日本文化と歴史に対する造詣も深い。

 氏は寄稿文の最後に言う:(日本の友人たちに)偽善的にへつらいを言う者であるよりは、率直に直言する(真の)友人でありたい。

 

(大貫康雄)

PHOTO by WhisperToMe (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons