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通貨の番人は消えた…

 安倍政権で国民生活を守るはずの中央銀行が日本に無くなったようだ。10月31日、日銀の黒田総裁はデフレマインドを払しょくするとして更に一層金融緩和を発表した。

 当然、円は更に安くなり、それも急激に安くなっている。上がっているのは株価だけだ。

 

 しかし、円安・株高を推し進める安倍政権の政策は既に国民生活を圧迫している。一層の金融緩和が更に国民を苦しめるのは必至なのに、黒田総裁に国民生活を守るという雰囲気はみじんも感じられない。

 

 最近の諸物価動向を想い出してほしい。

 消費税率引き上げで物価が上がっただけではない。

 主なものを見ても年金給付額は引き下げられ、健康保険が上げられ病院への支払いも増えた。今も地域独占体制が維持されている電力料金は特に東京電力圏内で異常な程に引き上げられた。

 他方、マトモナ収入の道も閉ざされ、止むにやまれず少額の生活保護や失業保険を申請する人たちは増えている。だが、申請受付を拒否される人たちも大勢いる。貧困に苦しみ、子供にマトモナ食事も与えられない母子家庭も増えている。

 

(消費税率を5%から8%への引き上げ前後に安倍政権は大企業に従業員の給与引き上げなどをお願いしたが、その結果一体国民全体の何割が、どの位給与引き上げや賃上げを実現出来たのか? 今年の春闘騒ぎの結果はどうなったのか?)

 

 金融や経済は国民生活にどれだけ貢献するかで評価されるべきだ。政府や政府機関が株価を無理やり押し上げて巨大資金を駆使する一部の電子博打を喜ばせるだけの政策は邪道である。

 円安・株高で喜んでいるのはアメリカなどの大規模投機家たちや日本経済の一部の輸出企業と少数の株主や投資家だけだろう。

(何しろドル換算で見るアメリカ人には日本の株はものすごく安くなっている。その分、国民が働いて数字に換算したGDPはドルで見ると大幅に減っている。日本の富がそれだけ消滅しているのだ)

 

 観光地や観光産業は収益が上がっているというが、一体何人の人たちが恩恵に預かり、どれだけ日本全体の景気浮揚に貢献しているのだろう。

 マスコミは、41年ぶりの株高、とか、34年ぶりの円安、また観光地は外国人客激増、などと騒いでいるが、しわ寄せを受ける中小企業や人たちの生活については申し訳程度だ。

 何故、大事な負の側面を報じようとしないのか。

 

 安倍総理が頻繁に使う言葉でいえば、幾ら安倍政権や御用経済学者が「ねつ造」をしても生活実態は嘘をつかない。

 流石に輸入産業や国民生活へのしわ寄せを無視できなくなり、中小企業の窮状や商品価格値上げを、ここに来てマスコミも慌てたように報道し始めているが奥歯にものが挟まったような報じ方だ。

 

 日本は生活の基盤である食糧(米など一部を除き)とエネルギーの大部分を輸入に依存している。円安が定着すれば消費者物価が今後さらに高騰するのは必至だ。

 

 メディアは、輸入物価(=消費者物価に直結)、この国民生活の基本的条件を考慮し、政権や日銀の政策を検証・報道するべきである。

 

 これまで日銀は曲がりなりにも、他の先進国の中央銀行のように、その時その時の政治の圧力を受けにくい、相対的に独立した立場から、概ね国民生活を守る、すなわち通貨・円の価値を守るため努力し、「通貨の番人」と言われてきた。しかし今の日銀は安倍政権の自動現金放出機になり日本から「通貨の番人」は消えてしまったようだ。

 日銀の黒田総裁は理屈をこねるのが上手いが、国民大多数の生活をきちんと理解する能力にも意欲にも欠けているようだ。ただ、安倍総理がいう2%のインフレ率を無理やり達成させる魂胆のようだ。

 

 経済の専門家たちは“株価が上がれば日本経済に貢献”、などと言うが、日本経済の一部にしか貢献していない。“デフレで経済規模が縮小する”、“デフレで円高になり製造業が海外に移転してしまい、日本の製造業が衰退する”などとマスコミが盛んに報じて、“デフレ=悪”の固定観念を植え付けてきた。

 マスコミは、アベノミクスとか言ってさも安倍政権の経済政策が国民生活を向上させるかの期待を抱かせ国民を煙に巻いた。しかし、その結果はどうなのだ。

 

 9月5日、ヨーロッパ中央銀行のドラギ総裁が金利引き下げなど追加措置を発表した。この時のドイツZDFの“(物価が若干上がるかも知れないとして)一般国民はどう生活を守るかの視点からの報道”が印象的だった。

“金利の再度引き下げで住宅ローンを組んでいる人はその分恩恵を受けるがローンがごく少数だ”、“株式投資は不安定で利益は保証されない”、“圧倒的多数の人は無駄な出費を抑え、預金を維持するくらいが今出来ること”……。

 

 明治以来、日本は地方、農林水産業を軽視し、中央集権、輸出優先、製造業重視の政策を進めてきた結果、食糧・エネルギー自給率は先進国最低水準に低下している。今や日本国民の生活は基本的に食糧やエネルギーの大半を安く安定輸入してこそ成り立っている。

 

 繰り返すが、マスコミは、輸入物価(=消費者物価に直結)、この国民生活の基本的条件を考慮して、政府・日銀の“政策”と“措置”を検証すべきだろう。

 

 明治の歌人・石川啄木の歌集「一握りの砂」の一節

 “働けど働けど 猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る”

 

 現代日本にもこの一節のような心境に陥っている人は相当いると推察する。安倍政権にこうした人たちの窮状を理解している人間がどれだけいるか聞いてみたいところだ。

 

(大貫康雄)

PHOTO by Wikimedia Commons