ノーボーダー・ニューズ/記事サムネイル

インド娘とスジャータ 【インドジャーナル(2)仏陀の足跡〜12億のIT先進国を訪ねて】

 インド娘の顔立ちは日本人からすれば憧憬に他ならない。

 

 流れる眉目、憂いを隠したような瞳、切り出したような鼻筋、菩薩像や街角のポスターに映るモデルの表情からもきっとインドの男たちも同じような感情を抱いているに違いない。

 

 若き僧侶シッダールダは、菩提樹に到着する直前、村長の娘スジャータと出会った。飢えと衰弱の中にあった若者は、娘から米とミルクで作られたスープ(キール)をもらい、飲んだと言われている。

 

 約10年前、伝説であったはずのスジャータの村が実際に見つかり、現在発掘が進んでいる。それによって「伝承」は「実話」に近づいた。

 

 といっても、大半のインド人にとってスジャータ村が伝説の地であるか、あるいは実話であるかに関心はないようだ。

 

 約12億人のインド国民の大半(7割以上)はヒンズー教徒で占められ、そのしきたりが社会システムに完全に根付いている。

 

 知れば知るほど気分の萎えるカースト制度は実際に強固で、13%近いイスラム教徒や3%程度しかいないキリスト教やジャラナ教などの異教徒を完全支配している。ちなみに仏教発祥の地でありながら、仏教徒に至っては全国民の1%にも満たないという。

 

 それでも、ここブッダガヤに来れば、そこが仏教の聖地だったことを実感できる。釈迦がこの地にもたらした影響がそこかしこに確認でき、インドでは珍しい寺院の尖塔が移動中のバスの車窓から見え隠れするのもブッダガヤならではだ。

 

 さらに、サランガミトラやスジャータの子孫かと思われる、美しい仏教徒の娘たちの姿もある。

「インド娘には菩提樹がよく似合う」

 

 機内で読みかけの太宰治の影響だろうか、数百羽のムクドリがさえずっていた菩提樹を後にして、私は移動中のバスで、瞑想の代わりに古からの伝承を想起して、ひとり妄想していた。

 

 いや、チャイを飲んだ影響かもしれない。暑さと口に残る甘さにやられたのだ。40度を超える太陽の下では糖分より塩分が必要だ。朦朧とする中、僧侶を乗せた政府のバスはスジャータの村の遺跡に到着した。

 

(上杉 隆/文と写真)