「放射線防護」「被曝回避」語らぬ”後継者”~福島市で公開討論会【福島県知事選】
告示前から当選確実とささやかれる“後継者”の口からは、最後まで子どもたちの「放射線防護」や「被曝回避」の言葉は出なかった。逆に「福島は安全に住める場所」「校庭やプールも安心して使えるようになった」と観光促進を政策の柱に掲げた━。2日夜、福島市内で開かれた公開討論会。福島県知事選(26日投開票)への立候補を予定している6人が出席したが、争点が無いどころか、被曝回避に対する姿勢の差がくっきり。子どもたちを放射線から守る県政にするのか、被曝の危険性は無いという前提に立った知事を選ぶのか、明確な選択肢が有権者に突き付けられた形になった。
【「福島県に来て、見て、食べて」】
“後継者”へ質問が集中したのは当然だった。
原発事故以降、佐藤雄平福島県知事の下で副知事を務めてきた内堀雅雄氏(50)が放射線防護、被曝回避に対してどのような考え方を持っているか、誰もが知りたいはずだからだ。
口火を切ったのは前双葉町長、井戸川克隆氏(68)だった。
「福島県の産業政策」をテーマに、立候補予定者が別の予定者を指名して質問できる自由討論。これに先立ち、観光について「福島県には、残念ながら原発事故のネガティブなイメージが残っている。これを払しょくするには、世界中の人々に福島県に来て、見て、食べてもらうことが必要」と発言した内堀氏に対し「放射能がある状態で福島への観光を呼びかけるということは、被曝させて帰すということであり、非常に失礼なことだ」と反論した。内堀氏は「私と井戸川さんとでは立場が異なる」と前置きしたうえで「(全町民が避難している浪江町や双葉町などの)被災地は別だが、今の福島は安全に住める環境にあり、観光に訪れても問題があるとは考えていない」と答えた。医師で前宮古市長の熊坂義裕氏(62)も「原発事故からの復興無しに産業再生は難しい」と迫ったが、これには「原子力災害を克服して全産業を構築しなければならない」と答えるにとどまった。
「少子高齢化対策」をテーマにした討論でも、内堀氏への質問が続いた。
熊坂氏が「子ども被災者支援法についてどう考えているか」と質したが、これにも「本当の意味で、子どもたちの役に立つ支援法になるように県も支援していきたい」と抽象的な回答。井戸川氏が「放射能とどう向き合うか整理しないままスポーツを振興するのは反対だ」と水を向けると、内堀氏は「校庭やプールが安心して使えるようになった。運動会も普通に行われている」と述べた。
五十嵐義隆氏(36)も行政への不信感が募っていることなどについて内堀氏に質問。司会者が「ぜひ他の立候補予定者にも質問して」と促す場面もあったが、流れは止まらなかった。原発事故以降の佐藤県政を是認するのかしないのか。今回の知事選が「世界が注目する審判」(熊坂氏)、「日本の未来を変える選挙」(五十嵐氏)であることが一層、明確になった。
佐藤雄平知事が後継指名。安倍政権も推薦する内堀 雅雄前副知事。他の立候補予定者から質問が相次いだが、最後まで放射線防護に積極的な発言は出なかった=福島県文化センター大ホール
【「陰ではしっかりやっている」強調】
内堀氏は「子どもは福島の宝です。一丁目一番地政策だと考えています」と発言。「18歳以下の医療費無料は今後も継続する」と述べた。また、「国と対峙し、言うべきことは言う。『ならぬことはならぬ』です」とも。「佐藤雄平知事は激しく国とやり合いました。陰ではしっかりとやっております。森林除染をやらないと決めた時も、大臣とけんかしました」ともアピールした。
だが、最後まで被曝の危険性に関する言及はゼロ。血の通った言葉は無かった。
熊坂氏は「福島県内原発の廃炉は当然。他県の原発再稼働についても、福島県民こそNOと言わなければいけない」と語ったが、内堀氏は「光は、ある程度見えている。影を少しでも減らしたい」と経済面での復興を強調。井戸川氏は「『お前たちが原発を誘致したからこんなことになった』と批判されるが、確かに原発と共生したのは間違いだった。この場を借りてお詫びします」と頭を下げた。その上で、原発事故以降、県は双葉町を外した対応を続けてきたと批判したが、内堀氏は副知事として原発被災対応に直接、関わってきたにも関わらず、原発政策の是非や3年間の対応に関して触れなかった。反省も無かった。
五十嵐氏は「震災関連死が増えてしまった」と話したが、内堀氏は高齢者施設を増やすことや医療人材の確保を掲げるにとどまった。除染については「もっと新しい手法を取り入れて、負担を少なくしたい」と語った。
低投票率が予想されるが、北塩原村でコンビニエンスストアを経営する伊関明子氏(59)は「素人だが、私のような者が出ることによって少しでも知事選に関心をもってくれたら」と出馬の背景を話した。白河市の会社役員、金子芳尚氏(58)は「脱原発とか除染とか、福島にはマイナスのイメージばかりある。浜通り、中通り、会津と地域によって抱える問題は異なり、福島全体のことを考えたい」と述べた。
心配された雨も降らなかったが空席が目立った公開討論会
福島市内を流れる荒川の河川敷は依然として高濃度汚染が続く。しかし、内堀氏は「安全に住める環境だ」と言い切った
【「本当に内堀氏で良いのか?」】
「投開票日の26日は『原子力の日』。国が一方的に未来づくりをするのではなくて、私たちが決めていく。私たちが主体者になろう」と五十嵐氏。熊坂氏は「まずは原発対策をしっかりとやった上で夢のある福島をつくりたい。命という観点から施策を進めたい」と語った。井戸川氏は「復興の前に救済だ。佐藤知事には質問状を出し続けたが酷い回答だった。県民は人。モノや動物ではない」と訴えた。
立候補予定者が多いこともあり、2時間では消化不足は否めなかったが、会場からは「立候補予定者同士がやりあってくれたことで、考え方が良く分かった」との声も。与野党相乗り、安倍政権も内堀氏を支持していることから告示前から終戦ムードさえ漂うが、「本当に内堀氏で良いのか」、「SPEEDIを公表しなかった張本人だという噂は本当か、内堀氏に確かめたかった」、「放射線防護を第一に考えたい」という意見も聞かれた。
中通りの父親は言った。
「私たちは毎日が闘いなんですよ。本当は県外に出たいけれど経済的な理由でできない。子どもたちへの食べ物も、数値を見て葛藤しながら選んでいます。そういう想いに、内堀さんが寄り添ってくれるとは思えないな」
県知事選は9日に告示される。
福島第一原発から60km離れている中通りでも、依然としてホットスポットが点在し、子どもたちの被曝の危険性が無くなったと言える状況ではない。汚染は20km圏内だけにとどまっているのではない。向こう4年間の県政を担う上で、放射線防護は重要な柱となるべきだ。有権者の賢明な選択を期待したい。
公開討論会を主催したのは、公益㈳法人日本青年会議所の東北地区福島ブロック協議会。会場からは、聴衆からの質疑応答の時間を設けなかったことに不満の声も聞かれたが、担当者は「日本青年会議所が主催する公開討論会では、全国どこでも質疑応答の時間を設けていない」と説明。立候補予定者への○☓形式での質問に放射線防護や被曝回避に関する設問が無かったことについては、「立候補予定者への質問を、事前にインタ-ネットで公募した。500人を超える方々から様々な質問が寄せられたが、放射線防護に関する質問はほとんどなかった。むしろ、除染や中間貯蔵施設に関するものが多かった」と話した。
会場は1700人以上を収容できるが、空席が目立った。この点については「インターネットでの複数の生中継には合わせて3万5000を超えるアクセスがあり、関心は決して低くないと思う。『なぜ福島市だけなのか』というお叱りの声もあった。会津若松市やいわき市でも開くべきなのだろうが、予算の都合もあり難しい」と述べた。
(鈴木博喜/文と写真)